総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

ビデオ撮影のコツと活用(自転車トラック競技の場合)

17日間の東京五輪が終わりました。コロナ、組織委、IOCなど様々な論点で大騒動でしたが、いざ始まってみれば一瞬の出来事だったように思われます。8月下旬にはパラリンピックが開幕する予定ですが、こちらは是非円滑に開催・運営されることを祈ります。

五輪全般を観ていて思ったのは、やはり「攻めは最大の防御」であるということでした。自転車ロード男女でのカラパスやキーゼンホファーのように、自分を信じ100%(あるいはそれ以上)の力を発揮した選手もいれば、他競技では小賢しい計算をしたがゆえに余力を残しながら予選敗退した有力選手もいました。ベテラン勢の冷静さ・安定感と、新進気鋭の若手勢の失敗を恐れぬ挑戦。どちらがより結果を残したかは、全リザルトを眺めながら丁寧に振り返ってみたいものです。
間もなく、オリンピックとパラリンピックのちょうど合間に開催される、我々学生自転車競技の年間最高峰の大会・全日本大学対抗選手権(インカレ)でも、当校選手には是非若々しく積極的な走りを期待したいと思います。

さて、インカレに向けた最終仕上げの練習で各校ともに余念のない時期ですが、当校もバンク練習を6月以降コロナ下ながら可能な限り頻繁に行って来ました。その都度マネージャーや選手達が代わるがわる撮影した映像を振り返り見て、反省・研究することを習慣としています。練習・試合での映像撮影とその分析・データ化は球技含めほとんどの競技で行われていることと思いますが、ここでは自転車のトラック競技にフォーカスして、当部の現状と今後の可能性について、主に現在及び将来のマネージャー諸君への参考として、書き留めておくことにしたいと思います。

<目次>
 ● 撮影機材はどんなものを使っているか
 ● カメラを構える場所が重要
 ● 撮影時のコツ
 ● 映像の共有と活用方法
 ● 映像活用はもっと進化できる

撮影機材はどんなものを使っているか

僕が現役だった30年程前は、当時のOBコーチから「フォーム研究は写真のほうがピタッと止まっていて良く分かる。映像は意外と分からん。」と言われたものですが、今からすれば単にビデオカメラが高額だからというだけだったように思います。現在は民生用のビデオカメラが相当優秀になり、価格的にも一家に一台はほぼ具備されているので、そのレベルであればスポーツ現場への導入も容易です。

ビデオカメラの主要メーカーはいくつもあり、特段どこを推奨するものではありませんが、僕はソニー製Handycamを使用しています。なぜかというと、ソニー製モデルの中に1機種だけ、「背面プロジェクター機能」が搭載されているものがあったからです。後述しますが、撮影した走行映像をすぐその場、あるいは夜のミーティング時に大きな壁に投影して皆で見られるのは非常に便利で効果的。ただしどうやら現在この機能を搭載したモデルは生産終了になってしまっているようで残念です。

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背面プロジェクター機能付きビデオカメラ(Sony HPより、現在生産終了)

それ以外の基本機能的な部分では、画素・画質、手ブレ補正、ズーム、ネット/デバイス接続、編集処理ソフト、等のポイントがあると思いますが、いわゆる「ハイスピードカメラ」で超スローに動作解析を行うようなレベルでなければ、恐らくメーカー/モデル間で決定的な違いはないと思われ、それよりも撮影者の腕による差のほうが遥かに大きいでしょう。学生チームが部に備えるものとしては、必要最低限の機能があれば、比較的安いレンジのもので十分と思います。

むしろ機材面で重要なのは、「きちんと三脚を使う」こと。手だけだとどうしてもブレをなくせず、特に自転車トラックのスピードを追い掛けている場合、レンズの安定度の違いは顕著です。選手達が後日スマホの小さな画面で見ることを想定すると、画面の見やすさ・ブレの少なさは案外重要。数千円程度のもので構わないので(高価な三脚は安定感に優れますが、重くて試合会場での持ち運びは難)、部に一本備えておくべきと思います。

なお、現在はスマートフォンの動画撮影機能も相当に進化してはいますが、自転車競技の研究にこれを使用するのは正直あまり勧めません。手ブレ問題に加えてズーム操作が極めて限定的になるので、後で見返す素材としては大抵不十分なものにしかならないからです。ローラー上でのフォームチェックに活用するのなら良いと思いますが、実走の場合はせいぜいビデオカメラの持ち合わせがない時の応急措置、程度と思っておきましょう。

カメラを構える場所が重要

撮影素材の良し悪しを決定付けるのは、実は機材よりも「カメラを構える場所」です。いくら立派なカメラと三脚だとしても、それを間違った位置でスタンバイしてしまっては、見にくい映像にしかなりません。
といってもさほど難しい話ではなくて、僕が思うにはポイントは以下3点です:

①バンクの外から撮る ②高い位置で撮る ③ホーム/バックの真ん中で撮る

一番やってはいけないのが、バンクの中から撮影することです。バンクの中には植栽やテント、審判台などの構造物があり、それらが走行している選手の姿を毎周回隠すことになります。さらに撮影者自身も常にぐるぐる回っていなければならず、それでポイントレースを撮れますかという話です。
そうではなく、バンクの外から、出来るだけ遮蔽物が少なく全体を見渡せる一段高い場所を見付け、クリーンな映像を撮影可能なところに陣取ること。またホームかバックの出来るだけ中央付近に位置することで、ズームが足りなくなることや、コーナーのバンク角で選手が隠れることを防げます。これらに留意するだけで、映像の見やすさがかなり変わって来るでしょう。

我々が良く行くバンクでは、それぞれにそうした場所が実際ほぼ決まっています。
例えば:

  • 美鈴湖競技場=バックストレートの外の一段高いところ
  • 境川競技場=ホームストレートのフェンスの外(ただし試合時は邪魔となる可能性高い)、またはホーム側観客席(石段)の真ん中辺り
  • 小田原競輪場=バンクに入る手前右側の高くなっているところ(よじ登る)
  • 平塚競輪場=第3コーナー外側の観客席バルコニー(あまり良い場所がない)

といった具合です。マネージャーがバンク内のS/Gライン付近からそれら撮影ポイントまで都度足を運ぶのは意外と距離があって汗をかくかもしれませんが、その労力を掛ける意味はあると思います。

撮影時のコツ

僕のビデオカメラが入っているバッグには、以下のような箇条書きをカードサイズに小さく印刷した紙を何枚か入れています。カメラを誰が持つかは流動的なので、誰が撮ってもある程度の品質が保たれるように、ひょいと渡せるようにしています。

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カメラバッグに入れている「撮影のコツ」メモ

まあ当たり前のこともあれば、すごく細かい実務的な(でも意外と重要な)ことも書いてあります。中でも2番目の「アップで撮る」というところは、意外といつまで経っても出来ない人がいます笑。おそらく幼少期に培われた「絵心」「構図力」のようなものに起因しているのではないかと想像しますが、これも前述の「スマホで見返す」ためには重要なポイントです。

映像の共有と活用方法

当然ながら、練習や試合の映像は撮ることが目的ではなく、それを見返して次のセッション、翌日の練習、今度の試合へと活かしていくためのものです。
フィードバックは原則として早いほうが良いので、例えばバンク内に常にTVモニターとパソコンとカメラをつなげる環境があって、今走った映像をすぐに大画面で見られたらベストです。しかし現実としては(日本代表が修善寺の室内バンクで毎日練習している、ような環境でない限り)それは難しいので、それに代わる手段を工夫する必要があるでしょう。

現在当部での標準は、部でひとつYouTubeのチャンネルアカウントを開設し、そこへ撮影済み映像をマネージャーがアップロードして選手達が適宜見る、という方法です。これは、撮影(=走行)時点からアップロードまでの時差(十分なWiFi環境のある場所まで戻る、マネージャーの作業時間が作れる、等)が課題ですが、素材蓄積のしやすさ、展開・閲覧のしやすさ、コストほぼゼロ、等の観点で実効的です。

もっと早く、練習しているその場で見たいということになると、ビデオカメラの小さな液晶ウインドウを団抜の4名が顔を突き合わせて覗き込む、ようなことになり、これは”密”です。
あるいは、僕が使用しているソニー製カメラの場合、撮影した映像ファイルをWiFiNFCタブレットやパソコンへ飛ばす設定が可能で、それを使えば少し大きい画面で即時に共有が可能です。ただし操作が若干煩雑なので、慣れていないともたもたして選手の「すぐに」というニーズに応えられないこと、またカメラ内にファイルが2種類(通常フォーマットと、飛ばすため別フォーマット)出来てしまうことが、やや不便です。

その点、先に少し述べた「背面プロジェクター」は、比較的即座に全員と共有出来る良い手段です。合宿でたまにやるのは、夕食が終わってそのまま部屋を暗くして、壁にその日の練習映像を映しながら皆で見るというものです。
食堂が突如ミニシアターに変わるような感じで盛り上がるし、個々ではなく皆でお互いの走りを見ることで、ああでもないこうでもないというコメント大会が始まります。これが部員間での大変良い勉強になり、”言い合う文化”を醸成する良い機会ともなります。
ただしこのプロジェクターは25ルーメンという非力さなので、昼間だと「結構な暗がり」でなければ見られないという欠点はあります。また、コメント大会を経て、各自が自身の映像を繰り返し見直したいというニーズのために、やはりYouTube等での閲覧環境は必要になるでしょう。

映像活用はもっと進化できる

今回は「映像を撮る」ための実務的なハード面についてメモ書きをした程度に過ぎません。本来はここから先、その映像をどれだけ活用し、意義のある分析・考察をし、次に活かしていけるかというソフト面こそが、競合他校へ打ち克つために重要です。

僕自身も、部員諸君がアップしてくれる映像を丁寧に見て各自へきめ細かくフィードバックしてあげるべきなのですが、なかなか時間的制約がそれを許してくれず、選手諸君には申し訳ない思いです(この辺りを手分けしてサポートしてくれる若手コーチがいてくれると助かるのですが)。せめて、「これを見てみてください、何か気付くことありますか」と頼まれたものについては出来るだけ有益なコメントを返すよう心掛けています。

また、上記に書いて来たような映像活用はごく初級的・一般的なもので、小中学校の野球部やサッカースクールでも随分前から行われているレベルと言えるでしょう。
2021年現在のスポーツ映像分析では、撮影した映像のタグ付け、コメント・メモ挿入、ボールや選手の軌跡視覚化・データ化、チーム内共有、といった機能が開発され、それらを備えたソフトやアプリが普及しつつあります。こうした機能や製品は、主にアメフト・野球・サッカー等の団体球技を中心に活用されているようです。

自転車競技のような、個人のフィットネス強化・スキル向上が重要な競技においては、むしろ前述したハイスピードカメラを使っての細かな動作解析が、今後の映像活用・新技術導入の主たるテーマになりそうです。既に陸上・水泳界や、自転車でも日本代表クラスでは実施されているかもしれませんが、当部を含む学生チームでそこまで行っているところは少ないのではないでしょうか。
ペダリングの動作解析、フォーム比較、ライディングスキルや戦術といった部分で、超スローモーションや細かいコマ送りでの分析・研究は、本来自転車競技に非常に役立つはず。それなりの機材投資費用がまず必要というのはありますが、OB/OG会からの支援も視野に、一度真面目に検討してみましょう。

映像の制作や共有がどんどん身近なものになっている現在、スポーツ映像分析の領域は今後もますます発達し、若い人達ほどそうした新技術をすんなり採り入れていく時代になるでしょう。自転車競技界の草分けとして、当部もそうしたことに積極的に取り組み、一歩進んだ強化システムを皆で作っていきたいと考えています。

(2021/8/9)