総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

インカレ2022総括:前編 ~事前戦略とトラック戦評~

去る9月1日(木)~4日(日)の4日間、鹿児島県南大隅町にある根占自転車競技場及びその周辺道路で、今季の全日本大学対抗選手権(インカレ)が開催された。
近年は会場都合やコロナの影響等でトラックとロードを別週に開催することが続いていたが、今年は2017年以来5年ぶりにトラック~ロードを4日間通しで開催し、各校の総力戦という本来のインカレが戻って来た。
また、2012年以来10年ぶりの鹿児島開催でもあった。10年前の大会にも僕は来ていたが、2019年に新調されたバンク、別レイアウトとなったロードコース、鹿屋体育大学や鹿児島県車連など地元の皆様の献身的な事前準備によって、当時から大幅にレベルアップした立派な大会であった。運営に携わっていただいた関係各位に深謝申し上げたい。

雨に光る根占自転車競技
会期を通じスコールと陽射しが交互に目まぐるしく訪れた

一方、後編で詳述するが、最終日の雨天のロードレースにおいて大人数の落車が発生し、その中の1名の選手(法政大1年生)が亡くなるという悲劇もあった。謹んでご冥福をお祈りするとともに、当部も改めて安全意識・対策の再徹底を図りたい。

今回はこの、学生選手にとって年間最大目標であるインカレの戦いを前編・後編の2回に分けて振り返り、今後に向けた課題を整理しておきたい。

<目次>
(前編)→今回はこちら
 ● 今年の目標と戦略はこうだった
 ● 現地入りしてからのコロナ騒動で波乱の幕開け
 ● トラックレース戦評
(後編)
 ● ロードレース戦評
 ● 全体総括と今後に向けて

今年の目標と戦略はこうだった

昨年末の当部納会(年度総括ミーティング)において、部員諸君と立てた2022シーズンの目標は「インカレ総合入賞(=8位まで)」というものだった。その当時のブログでも触れているが、この目標を「本気で手が届くもの」として掲げた初めての年であった。総監督自身、戦力を客観的に見渡して、当部史上最強であろうとの期待を持っていた。実際、2月末の明治神宮外苑クリテリウムでは当部が団体優勝を飾り、幸先の良い今季スタートを切った。

しかし3月以降、主力選手を故障・落車・体調不良で入れ替わり失う状態が続いた。特に春先にU23日本代表で欧州遠征までした川野(経3)は、コロナワクチンによると思われる体調不良で長期に戦列から離れる状況となった。7月にはコロナ第7波が当部にも襲来し、10名近い部員がインカレ約1ヶ月前に2週間近くブランクを取らざるを得なかった。
一方で、3年間のプロチーム所属を終えて当部に戻って来た大前(医4)が、医学部の部活動規制緩和に伴って学連レースに出場することが叶い、急遽クラス3から再開してインカレ出場に漕ぎつけた。

このような紆余曲折を経ながら、8月初頭のエントリー期限ぎりぎりまで部員諸君と議論を重ね、当部のインカレオーダー=対抗得点戦略は、下表のようなものであった。

このような検討シートでインカレ戦略を吟味する
(通常は公開しないが、今後のために参考掲示

過去の大会傾向から、総合8位入賞には対抗得点25点前後を獲得する必要があった。ほぼ全てのトラック種目で8位以上の入賞を目指し、種目によって昨年同等順位を死守するものと、さらなる上昇を求めるものがあった。ロードについては2013年を最後に完走さえしていないが、10位以内に1名は入るという目標を立てた。

昨年までの当校戦績からすれば大風呂敷のように見えるかもしれない。しかし、部員一人ひとりが一段ずつレベルアップした上でそれぞれの役割を全うすれば、決して不可能とも思えない、目標設定としては適切な水準であったと、僕も部員諸君も考えていた。

現地入りしてからのコロナ騒動で波乱の幕開け

我々は今回、いち早く現地に入る計画を立て、部員総数26名のうち、出場予定選手及び一部マネージャーの計14名が、大会約2週間前の週末から現地・鹿屋市に入った。初めての根占バンクの特性やロード本番コースのレイアウトを、頭と身体に覚え込ませることに努めた。

ところが、大会5日前の土曜日から、熱っぽさやノドの痛みを訴える部員が出始めた。週明け月曜に病院でPCRを受検し、火曜までに計3名がコロナ陽性判定となり直ちに鹿児島市内の療養施設へ隔離されることとなった。
大会前日からは1人1部屋のビジネスホテルに移る予定であったが、それまでは3人1部屋のホテルに投宿していた。陽性者と同部屋だった部員は、濃厚接触者として3日間の室内缶詰めを強いられた(いずれも陰性のまま済み、大会前日~2日目までに解放された)。

不幸中の幸いだったのは、現地では素泊まりとして、食事を毎回数名ずつ分散して摂っていたことだ。通常であれば、部内コミュニケーションは大丈夫かと少々懸念するところでもあるが、今回はこれによって部内感染拡大が最小限で抑えられた。

しかし、陽性判定された3名はいずれも短距離種目の主力メンバーだったため、チームスプリント、タンデムスプリント、1kmタイムトライアルの計3種目は、補欠を考慮してもなお出場人数が足らず、開催前時点で欠場が確定してしまった。また3名のうち2名は四年生で、これが最後のインカレであった。彼らの無念さは想像に難くない。

僕が現地に入った大会2日前は、まだ上記のようなバタバタの最中で、選手達の顔に動揺の色がないとは言えなかった。しかし、3種目の欠場を織り込んでもなお、前述の対抗得点戦略上は総合入賞を狙える設計となっていたので、選手達は改めてその目標を確認し直し、大会初日に向けてメンタルを整えていった。

トラックレース戦評

9/1(木)からの3日間、まずトラック競技が開催された。当校の出場した種目について、それぞれ戦評をまとめておきたい。

 4kmインディヴィデュアルパーシュート(個人追抜)

当校結果:4位入賞 4分38秒438
(優勝タイム:4分25秒912)

Individual Pursuit 4位入賞 佐藤岳(政3)
Photo by Kota Abe

昨年のインカレで7位入賞の実績を持つ佐藤岳(政3)が、今年も当校代表として4kmを疾走した。昨年会場の長野県・美鈴湖競技場に比べるとタイムは約2秒落としたものの、全体の4位・対抗得点5点を獲得した。
冬場から何度も体調を崩すことがあり、今季必ずしも十分な練習量・質を積んで来られなかった佐藤だが、本番においてはきっちりコンディショニングに成功したようだった。純粋な独走力勝負となるこの種目で当校選手がしっかり入賞レベルを維持し、表彰台まであと一歩に来ていることは高く評価に値する。

もし昨年と同じバンクであったなら、目標は4分30秒を切ることであっただろう。今回の佐藤と優勝選手(朝日大学・安達選手)とのラップタイム比較が下図であるが、安達選手のあまりにも見事なラップ刻みに驚かされる。

1周(333m)毎のラップタイム推移比較
(スタンディングスタートの1周目を除く)

たとえ1000m(3周目)までのラップがほぼ同等だったとしても、その時点での”エンジンの余裕度”が恐らく大きく異なり、中盤から最後に向けてじりじりとラップをむしろ上げている。佐藤のラップも決して悪いものではないが、我々も来年はこの優勝選手のような刻みを目指したい。

 オムニアム(四種競技)

当校結果:予選敗退

昨年に続き、中距離バンチレース(集団での競走種目)のエースである西村行生(経3)が出場した。今季、ロードレースを中心にスピードも持久力もますます成長して来た西村が、予選敗退するとはやや想定外であった。個人種目の中で唯一団体種目と同じ得点ウエイトとなるこの種目を落としたことは、対抗得点上は痛かった。

予選となった12kmポイントレースは、12名が出走し9名が翌日の決勝に進む。言い換えれば3名のみ落ちるという設定であった。ただし、トラックレースの華であるオムニアムには各校のエースが投入され、予選と言えどもレベルは高いところで拮抗していた。実際、6回ポイント機会があるうちの5回を終えたところで、12名中11名がポイントを獲得。うち10点が1名、あとは1ケタ得点で広く分散しており、最終ポイント次第で順位が大いに動く展開となっていた。

結果として、5ポイントを獲得した選手までが決勝に進み、西村は4ポイントで涙を飲んだ。4回目のポイントで3点を取って以降、終盤に出来た逃げを見送った判断が勝負を分けたが、むしろそれまでの間で安全圏となる点数を獲得しておくべきだった。最終ポイントで、それまで西村より点数の低かった選手3名が得点し、逆転されてしまった。

ポイントレース予選の場合、安全圏ポイントを下表のように計算する。

つまり、「予選通過する選手だけが均等に点数を取った場合」が一番高い得点を要求されるので、今回の場合は「9点」を取れば間違いなく上がれるということになる。
実際には上位選手に得点が偏ったり、少し点数を取った選手が予選落ちになったりするので、通過ラインはもっと低くなる(=今回は5点)が、事前にこの計算をしていた我々にとって、4点はさすがに安全圏とは言えなかった。
インフィールドで指示をしていた僕としても、「まだ足りない」ともっと明確に伝達すべきだったかと反省している。

 スプリント予選(200mタイムアタック

当校結果:14位 10秒797
(1位タイム:10秒143、8位タイム:10秒506)

主将・多賀谷瞭(理工4)が8位まで(=1/4決勝進出)に入り対抗得点を獲得することを目標としていた。夏になってから練習で10秒台中盤~後半をコンスタントに出せていて、「ワンチャン10秒台中盤→8位上がりもあるかも」との皮算用もあった。走ってみれば上記のように「練習通り」の結果であり、純粋に持ちタイムということになる。

当校において10秒台がコンスタントに出るようになったのは、多賀谷や杉岡(経4)、内田(経4)らがこの4年間で進歩させた功績である。が、それでもなお、短距離で勝負の土俵に上がるにはまだもう一段階ある。
学生達がよく使う「ワンチャン」というのは、文字通り「ワンチャンスしかない」ということであって、我々は戦いに足るレベルの走りの「再現性」を重視しなければならない。

 4kmチームパーシュート(団体追抜)

当校結果:8位入賞 4分23秒507
(優勝タイム:4分14秒084)

Team Pursuit 4名揃ってのスタート
(タイム読み係は松田真由子マネージャー)

夏季の練習で合わせて来たメンバーの1名がコロナ感染対象者となり、「緊急事態用」として念のため補欠登録していた大前翔(医4)を現実に起用することとなった。西村・大前・佐藤・小原慧(理工4)の4名での練習はごくわずかしかしていなかったが、大前の経験値及び全員の現場対応力を信じた。

果たして、当校はこの緊急事態を乗り越えてある種「安全に」タイムをまとめ、8位入賞の結果を得た。試合後のメンバー感想によれば「結果的にはもう少し突っ込めたかも」「置きに行った感はある」とのことだったが、今回の局面においてリスクを最小限に留め、確実に団体対抗得点を取りに行くという「大人の判断」が出来るまでに育ったチーム、と評価したい。

下表は昨年と今年の上位8校タイム比較をしたものである。

インカレ チームパーシュート 上位校タイム(2021-2022)

全体的に昨年の美鈴湖大会から数秒単位で落としているのに対し、当校は昨年とほぼ同タイムでまとめたところからすれば、実質的に力を上げたとさえ言えよう。
ただし順位的には、上位校が欠場や空中分解をした昨年とは違い、各校が順当な走りをした結果、当校は1つ下げてしまった。またそれ以上に、昨年の6位と7位の差、今年の7位と8位の差は依然大きく、我々の頭上に「深い谷」が横たわっている。このギャップを埋めることを来年は目指したい。

前述したように、今季は3月以降主力選手のコンディションが不安定で、5月の東日本学生はおろか、一度も安定したメンバーでTPを走った経験がないままインカレ本番を迎えてしまった。TT種目を長い時間かけて繰り返しラップを詰め、脚を揃えていくプロセスを、今の現役はあまり経験していない。だとすればなおさら、当校の成長余地はまだ十分にある。

 ケイリン

当校結果:7~12位決定戦 落車DNF

ケイリンを走りたくて慶應自転車部に入った」主将・多賀谷瞭(理工4)が、決勝進出を目標として挑んだ。昨年大会もこの種目に出場し11位まで到達したが、予選、敗者復活戦、準決勝のいずれも自力展開でつかんだというよりは他力本願的な部分が多かった(もっとも、それもケイリンの戦略の一つではあるが)。それに比べると、今年の多賀谷の走りは確実に一段成長したものであった。

予選では自ら動いてポジションを取りに行く積極性・戦略性が見られたものの、単純に持ちタイムの差が出る展開であった。
敗者復活戦は3名での競技となったが、冷静に射程距離を見定め、難しい人数でのスプリントを自力勝負でねじ伏せた。
準決勝はもはや学連の短距離スター勢揃いとなった中、ギアを1枚上げて臨むが、最後尾からの展開を強いられ上位3名の決勝枠には今年も届かなかった。
7~12位決定戦は、本格スプリントに入る直前の神経質な位置取りフェーズで横の動きにハンドルを取られ、4コーナーで宙を舞いDNFに終わった。

結果として目標であった決勝進出、あるいは対抗得点獲得には至らなかったが、「攻める走り」を終始実行したことは評価されよう。本種目において当校が守りに入る、置きに行く、ではどのみち入賞は見えて来なかったに違いない。

 マディソン(30km)

当校結果:中盤DNF

西村(経3)・佐藤岳(政3)の中距離コンビが、今季数回のレース経験を経てインカレに臨んだ。一戦ごとに上達していったこのペアは、中盤までは集団でしっかりレースに参加しており、昨年までのように序盤から集団に遅れてしまうようなことはなかった。
しかし、オムニアム同様にこの種目も各校のエース級が投入されており、その展開ペースは速く、前半から脱落・除外されるチームが出始めた。当校もじわじわと脚と心肺を削られていき、残り8校となるまで粘っていたものの、中盤で先頭にラップされるところで除外となってしまった。

スプリントと高速巡航の両方の素養が求められるこの種目で、「細身だがスプリントもかかるロードマン」と、「高速巡航に長けているパシューター」のペアは、当校戦力の中では最上の組合せだった。にも関わらず、この種目で上位を競う段階にはなかなか到達しない。
弾むボールのような爆発的スピード、それを何度も繰り出せるタフネス、ロスのないタッチをスムーズにこなせるスキルと度胸、競合校に譲らずポイントを取りにいく戦闘力。これらを兼備した「2名」が必要で、特別推薦制度を持たない当校にとってハードルは決して低くない。ただし来年、これら条件を備えたペアが誕生する可能性は十分あるのではないだろうか?

* * *

トラック競技3日間が終了したところで、結局当校は昨年と同様、IPとTPの2種目で対抗得点を獲得したのみであった。IPが昨年より3つ順位を伸ばし、TPが1つ順位を下げた結果、合計得点7点(昨年比+2点)、暫定総合順位は10位となった。
目標とする25点前後にはまだ18点ほど必要で、ロードレースで2名が5位以内に入るような大きな飛躍が求められた。我々には「攻め」しか選択肢はないことを確認して、最終日の朝を迎えることとなった。

(2022/9/18)