総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

早慶戦ついに勝利!~21年ぶりの快挙の理由

ついに、この日が訪れた。
12月4日(日)に山梨県境川自転車競技場で開催された、第55回早慶自転車競技定期戦(早慶戦)。我が慶應義塾は、実に21年ぶりの勝利をもぎ取った。

表彰式で優勝杯を手にする当校・佐藤主将(右)

我々が最後に勝利したのは2001年大会、今の現役諸君が生まれていたかいなかったかというほどの昔だ。しかもこの年は、両校部員数の不足からロード競技一発で行った変則大会で、たまたま中長距離の選手に偏っていた慶應に有利な設定という幸運があった。

本来の形式である、複数のトラック種目の総合で争う大会での勝利は、実に1982年まで40年もの歳月を遡らねばならない。試合当日、運営役員としていらしていた大先輩が、「僕が現役の頃なんだよねえ」とやや控えめに、しかしやや誇らしげにつぶやかれていた。

今回、この快挙を達成してくれた現役諸君は、いかにしてそれを成し遂げたのか。勝利の美酒に浸りつつも、今後のために振り返っておくこととしたい。

<目次>
 ● 今年の戦況分析
 ● 早慶戦勝利を「本気で」目標に定めたチーム
 ● 勝つための練習と戦略・戦術
 ● でもまだ、6回勝っただけ

今年の戦況分析

自転車競技早慶戦は、短~中距離の数種目を両校総力戦で争い、順位ごとに対抗得点を付与してその合計点で勝敗を決する形式を取っている。時代によって採用種目は変遷して来たが、昨年からは以下の種目・人数で実施している。

①1kmTT(両校3名ずつ)、②ケイリン(同3名)
③スクラッチ(同5名)、④エリミネーション(両校全員)
⑤チームスプリント(両校1組)、⑥チームパーシュート(両校1組)

①~④の個人種目には、それぞれ1位7点、2位5点、・・・6位1点を付与する。⑤⑥の団体種目には、勝者に10点、敗者に5点を付与する。

昨年大会では、慶應52点 vs. 早稲田66点で敗れた。それが今年は、慶應65点 vs. 早稲田53点で、ほぼ真逆になったことになる。慶應の獲得得点が昨年と今年でどう変わったのか、種目毎に見てみたのが下図である。

各種目の当校獲得得点 昨年と今年の比較

勝利へのドライバーは主に2つだった。
1つは、大会最初の種目である1kmTT(タイムトライアル)で1位~3位を慶應が独占し、対抗得点を16対6と、昨年対比で+6点、対早稲田比で+10点のリードをいきなり取れたこと。[注:昨年対比の数値を修正しました(2023/1/27)]
もう1つは、ケイリンで上手いチームプレーを展開し、1位・3位・5位を獲得して計13点と、勝ち越しに成功したことだ。

加えて言うなら、例年点差を付けられることの多い中距離種目、今回で言えばエリミネーションとスクラッチでも、昨年から少しずつ点数を積み上げほぼイーブンに踏みとどまったことも下支えとなった。両種目とも体力と頭脳と勇気をフル動員し、スクラッチで果敢に逃げるなど慶應がレースを作っていった。

団体種目の2つは、取りつ取られつのイーブンであった。ただ今年はチームスプリントが1分17秒76と同79(慶應勝利)、チームパーシュートが4分32秒61と同70(早稲田勝利)、いずれも百分の数秒差という大接戦。試合終盤を大いに盛り上げてくれた。

今年の大会ほど、1種目終わるたびに対抗得点を勘定し、点差に一喜一憂している早慶戦は見たことがなかった。上記のような戦況をたどり、結果としては1kmTTでの貯金がものを言って、団体種目の勝敗を待たず、慶應の勝利が確定した。

両校全員が出場したエリミネーションレース

早慶戦勝利を「本気で」目標に定めたチーム

9月初旬のインカレで、我が校は「総合8位入賞」を年度最大の目標に定めていたものの、実際には総合10位(対抗得点9点)に留まり、8位(同24点)には遠く及ばない結果となった(ちなみにその総合8位は早稲田大学であった)。
今回の早慶戦プログラムの監督挨拶に僕が寄稿した文章の一部を以下に引用するが、

『・・・当部はこのまま、創部120周年をおとなしく通り過ぎてしまうわけにはいかない。記憶と記録に残るメモリアル・シーズンとするために、我々に残された目指すべき成果はただ一つ、この慶早戦に勝利することである。今大会を通じて自身の爪痕を今季に残せるか、我が部員諸君の奮闘に期待する。早稲田大学の選手諸君も手加減ご無用、真剣勝負を望みたい。』
(※慶應義塾側はあえて「慶早戦」として対抗意識を表現する)

上記は、僕自身がというよりも、現役諸君の気持ちを代弁したつもりだった。
実は2022年シーズン開始にあたって定めたチーム目標に、「早慶戦勝利」は入っていなかった。「インカレ1本に絞りたいんです」という現役諸君の強い希望だったのでそうすることにしたわけだが、インカレでの不完全燃焼感、及びそのロードレースで発生してしまった死亡事故によりその後の学連レースが全て凍結されてしまったことも相まって、部員達はこの秋をほぼ早慶戦のために費やして来たと言って良い。

当部の練習カレンダーを振り返ると、9月下旬~11月末の10週間で、現役諸君は計16日のバンク練習・記録会参加を敢行した。当校のバンク練習は通常であれば月2~3回程度であり、いちいち遠方の競技場まで赴く費用や時間も相当なものだったに違いない。この練習回数は、彼らの早慶戦に対する熱い想いを端的に表していたと言えるだろう。

翻って、早稲田大学の選手諸君は、(これは直接確認したわけではないが)12月初旬という例年よりやや遅い日程を前に、既にほぼオフシーズンに入っていたのではなかろうか。1kmTTでの結果がそれを如実に示していて、本来であれば当部選手を上回る持ちタイムで走るはずの精鋭軍団に、いつものキレやスピードを見ることは出来なかった。それに比し、直前までバンクで追い込んでいた当校選手の身体は良く動いていた。

勝つための練習と戦略・戦術

しかも部員諸君は、単に沢山練習をしたというのみならず、早慶戦における各種目で求められる体力的要素やスキルをよく考えて、それに資する練習メニューを丁寧に計画し実行していった。個人種目も団体種目も、もしかするとインカレに向かっての時期と同じかそれ以上に、緻密に繰り返し行っていたように見受けられた。

また、主要種目に代表として出場する上級生のためばかりでなく、今回早慶戦ひいてはトラックの集団種目(バンチレース)を初めて走るような1年生のことも考慮し、エリミネーションの模擬練習をチーム全体で採り入れたりもしていた。
実際に、学連のトラックレースではまず基準タイムを取りに行くため、どうしてもタイムトライアル系の種目に出ざるを得ず、結果として大学から競技を始める選手の多い当校はバンチレースの経験が不足する。それを補うための練習は、試合時の安全性向上という意味でも重要なことであるし、そうしたシミュレーションが出来るほどの部員数が、今はいる。

さらに、実地練習と並行して、両校の出場予定選手をにらんだ戦略・戦術の検討にも余念がなかった。各種目ごとに選手間でミーティングを行い、いくつものシナリオを練っていたようだ。
当校に限らず今の学生選手達は、学校を越えた横のつながりや情報網が広くあって、お互いのことをよく知っている。加えて、実業団と掛け持ちで走る選手や欧州遠征経験のある選手の増加によって、自転車競技のゲーム性がかなり理解されて来ている。

これまでも、重要な試合前に戦略・戦術を用意していることはあった。ただし、その通りに試合が運んだことはそうそうなく、言ってみれば「頭でっかち、絵に描いた餅」というケースがほとんどだった。
それが今回は、事前に考えたシナリオのどれかを実際に具現化させることが出来ていた。これは、その戦略を実行するだけの走力が共に備わって来た証であり、我がチームが一つ上のステージに成長したことを感じさせた。

そして、これがまた重要なことだが、上記の一連のプロセスにおいて、総監督はほとんど何もしていない。全て選手諸君が自発的・自律的に行っていたものである。練習メニューも彼ら自身が立案・実践し、実際の試合においては、彼らが果敢にレース展開するのを僕はそこで初めて見て、ほほうそう来たか、と感心するのみで良かった。ここまでチームが成長してくれると、監督はかなり楽チン(か、お払い箱か)だ。

でもまだ、6回勝っただけ

昨年の今ごろ、僕はこのブログで「早慶戦は存続出来るか」という一文を投じた。当部に限らず多くの体育会各部が早稲田に負けっぱなしの現在、「伝統の一戦」のコンテンツ価値は維持出来るのか。我が自転車競技早慶戦がコンテンツ価値を持つためには何が必要か。そうした趣旨のことを書いた。

そこから丸一年経って、部員諸君は、立派にこの試合の価値を高めてくれた。前述したような両校の切磋琢磨、団体種目でのごく僅差の勝負。絶対的なタイム水準はさておき、当日境川まで観戦に足を運んでくれたOBやご家族は、とても楽しまれていたようだった。

当校・佐藤主将は試合の振り返りにおいて、「観に行けば良かったとOB・OGに思わせられるような試合をいつもしていきたい」と言ってくれた。もちろん、卒業生よりもまず先に自分達が楽しんでもらえたら良いが、そうした心意気こそが観る者の心を揺らし、感動を伝播させていくのであろう。

ちょうど今大会の直前、サッカーW杯で日本代表がドイツ、スペインと相次いで強豪国を倒し、大金星として国内外を沸かせた。この早慶戦勝利の報が伝わると、サッカーみたいだったねという感想が随所から聞かれたが、実際に慶應チームを「自分達もやれば出来るのでは」と事前に自己暗示にかける効果があったかもしれない。

しかし、だ。

昭和14年(1939年)から開催され、幾度かの休止を挟みながらも今年で第55回を迎えた早慶戦の通算成績は、今回の勝利により 慶應義塾6勝、早稲田47勝、1引分、1中止、となった。21年ぶりに1勝を加えたといえども、あと41勝してはじめて両校互角の戦いと言うことが出来る。
来年は恐らく、早稲田側も雪辱の準備をして来るだろうし、今回残念ながら欠場となった女子選手達もますますレベルアップして、当校男子を凌駕する走りを見せてくれるかもしれない。

本当の早慶真剣勝負は、これからだ。来年も、10年後も、41年後も、我々は勝たねばならない。今年の勝利が「21年に一度の奇跡」とならぬよう、我が校選手諸君のますますの成長を期待したい。

試合後の当校全員集合写真(後列左から3番目、白い帽子が筆者)

(2022/12/9)