総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

年始ミーティング ~当部の運営理念~

年が明けた最初の日曜日、大学チームのメンバーに集まってもらって、日吉の会議室で年始ミーティングを行いました。

通常このミーティングでは、今季目標の確認、その達成に向けた戦略や練習プランの概要、チーム運営面の方針・施策、などがアジェンダになります。監督からの一方的な”講話”にすることなく、部員諸君とのインタラクティブなやり取りを通じて、今シーズンへのモチベーションを高めていく、そんな目的のミーティングです。

今年は監督が交代したタイミングになったこともあり、改めて当部の運営理念や、どういうチームにしていきたい、といった抽象論から始めました。年間目標やトレーニング論は毎年変わっていくものですが、この「理念」の部分はおそらくめったに変わらない・変えないものかと思うので、今回はこれについて書き記しておくことにしましょう。

慶應義塾の目的

我々は自転車競技部の部員である前に、当然ながら慶應義塾の塾生です。したがって当部の理念を語る前に、慶應義塾の理念についてまず理解しておく必要があります。

周知の通り、慶應義塾は1858年(安政5年)に福澤諭吉先生が江戸(現在の中央区明石町)の中津藩中屋敷内に蘭学塾を開いたのがそのルーツです。福澤先生がどのような想いで本塾を設立されたかを記した自筆が残っており、塾内では「慶應義塾の目的」と呼ばれよく知られたものとなっています。

 

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慶應義塾の目的」(福澤諭吉自筆、塾HPより引用)

慶應義塾は単に一所の学塾として
自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に
於ける気品の泉源、智徳の模範たらんこと
を期し、之を実際にしては居家、処世、立国の
本旨を明にして、之を口に言ふのみにあらず、躬行
実践、以て全社会の先導者たらんことを欲する
ものなり。           福澤諭吉

 

大ざっぱに略して意訳すれば、「慶應義塾は単なる学習塾ではない。我が国における気品の泉源・智徳の模範として、自ら実践して全社会のリーダーとなって欲しい。」というものです。創立から160年以上経った現在も、慶應義塾では幼稚舎(小学校)から大学・大学院に至るまで、この目的を掲げた教育が行われている、はずです。

当部の運営理念

前述の「慶應義塾の目的」に照らして、我が自転車競技部の運営理念を、以下のような資料で現役部員に説明をしました。

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自転車競技を通じて、全社会の先導者を育成・輩出する」
当部が拠って立つ運営理念、存在意義は、この一行に尽きると思っています。

過去から現在まで、9割方の部員は、大多数の一般学生と同様に就職活動をし、一般企業のサラリーマンになっていきます(出来ればもっとバリエーションやダイバーシティのある世界に皆が拡散していってくれると良いとも思いますが)。

人生100年時代」などと言われるように、卒業してから先、長い長い社会人生活が彼らを待ち受けています。その先で是非、それぞれのフィールドで「先導者」になって欲しい。単に「社会で通用する人材」では不十分です。当部ひいては本塾から巣立っていく人材は、「全社会のリーダー」になることが求められているのです。

もちろん、自転車競技でものすごく強くなって、プロになったり、競輪選手になったりすることも良いでしょうし、なれたらそれは凄いことです。実際にそのようなOBもごく少数ですがいます。
ただし、単なる「自転車バカ」「プロになったその先はない」というような人材を送り出すつもりはありません。自転車競技界の成長・変革の一助となったり、さらにフィールドを広げて、スポーツ界や医療界等の発展に貢献するような、そんな人材になって欲しいと思います。例えば医学部で学びながら当部を経て、現在プロチームの愛三工業で走っている大前選手などは、まさにそれを体現してくれつつあると思っています。

 

このような「人間力形成」といったことは、今やどの競技のどのレベル(プロからジュニアまで)のチームでも常套句のように掲げています。プロになれなくて行き詰まる若者達や、プロを引退してからのセカンドキャリア問題への対応としては当然のことです。

ただし一方で、プロ指導者は結局のところ、「戦績」が唯一の評価指標となってしまうのも現実と思います。リーグ順位や勝率、過去からの上昇幅など極めて明確な結果で表せるからです。
それに対し、「弱かったけど、これだけ立派な社会人を育てました」といったことは、何をもって立派というのか、何年先まで見ればそれが証明されるのか、尺度が非常に曖昧で、短期間で評価することはまず困難でしょう。企業で言えば、GEやリクルートのように、10年20年のスパンで「あそこからは良い人材が沢山巣立って色々なところで活躍しているよね」という定評が得られるほどにならなければ。

その観点では、当部は堂々と「全社会の先導者の育成・輩出」を第一目的に位置付けることが出来ます。戦績のみで監督がクビになることは、幸か不幸かありません笑。一方で、卒業した若手OBがなかなかOB会費を払わなかったり、就職した会社をすぐに辞めたというニュースが入って来たりすると、監督のご指導はいかがだったのでしょうかという雰囲気にもなります。

 

ただし、正しく認識しておいて欲しいのは、あくまで学生日本一をはじめとした「チャンピオンスポーツを極める」ことを目指すプロセスがあってはじめて、「全社会の先導者」たる人間形成が図られるということです。

競技力向上のために、適切な目標を設定し、現状とのギャップを分析し、そこからの逆算で練習プログラムを考える。チーム全体でお互いを高め合い、部運営にも全員が貢献する。他大学とも積極的に交流して良いところを採り入れ合う。他にも沢山の成長材料がありますが、そうした経験・体験が社会に出て必ず活きて来ます。「弱くても、部に所属してみんなと仲良くやって、体育会だから普通に就職も出来るだろう」といった意識とは全く相容れないものであることを、念のため付言しておきます。

当部部員の行動指針

また、上記に貼った資料では、3つの行動指針についても記載してあります。

内容は資料を見ていただければその通りですが、特に「勝利に対する努力を惜しまない」は、大切なこととして、1993年に当部の部員規約を定めた際(僕が大学3年の頃、当時のメンバーで策定しました)に「入部資格」のひとつとして明文化したものです。

これを拠り所とすることで、例えば自分に甘い部員や、素質にあぐらをかいて練習をおそろかにする部員などには、「部員でいられる資格はあるか?」を問うことが出来ます。

加えて、「自己管理能力」と「チームプレイヤー」の両立を求めています。これについても今回の年頭ミーティングの重要テーマでしたので、また次回詳しく書きたいと思います。

社会に出て10年経った時に、「自転車部で良かった」と言われるように

とにかく自転車で強くなりたい、がモチベーションのほとんどを占める現役部員達にとって、上記のような概念的なことは、あまり興味・関心を得られないか、年寄りの説教の類なのかもしれません。僕は、まあ仕方ないかと思いつつ、それでも言い続けています。

それは、彼らが社会人になってしばらくして、例えば30代くらいにまでなった頃に、「あの時監督が言っていたことはこのことか」「あの頃は分からなかったけど、言われておいて良かった」と、きっと気付いてくれると信じているからです。
逆に、30代になってから「どうしてあの時、言ってくれなかったんだろう」「今からじゃ、もう遅い」となってしまうのはとても可哀そうなことですし、そこには一定の責任をOBとして感じるからです。
当部を巣立っていったOB/OGが、いつまでかかっても構わないので、現役時代の戦績いかんに関わらず、「自分は慶應自転車部で良かった」と思ってくれるような、そんな部でありたいと考えています。

もっとも、そうするには自分自身が、そこそこは”まともな社会人”になっている必要があります笑。僕が今の現役諸君から見てどうなのかはあえて聞きませんし完全に棚に上げておくことにしますが、人の面倒を見る前に自分の面倒が見られていること、自分の背中をそれなりに見せられること、人生の先輩として俯瞰的視点を持っていること。それらは社会人ボランティアコーチとして最低限具備すべき要件と言えるでしょう。

そしてそうした未来の指導スタッフのプールを厚くするためにも、「全社会の先導者を育成・輩出する」ための努力は、とても重要だと考えているのです。

(2020/1/8)