総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

合宿の組み立て方

大学生は1月末頃で期末試験もほぼ終わり、2月~3月は合宿で集中的に乗り込める時期になります。これは学生の特権ですね。高校生は、3年生が同じくらいにいち早く学年末試験が終わって、大学でも続ける部員は大学の練習に合流し始めます。高校1~2年生は2月中~下旬まで学校があるので、もう少しです。

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当部も2月上旬に約1週間のロード合宿1本目を南房総エリアで終えたところ。そこで今回は、合宿をどのように実施しているかについて書いておくことにしましょう。あくまでアマチュア学生レベルのものですから、高地や海外、非常にコストのかかる施設・設備を要するようなハイレベルなものではありませんが、限られたリソースの中でどのように組み立てるかという話です。

日程の置き方

当部では現在、2月~3月に3~4本、4月末~5月頭に短めの1本、8月はインカレに向けほぼべったり、合宿を行っています。また春や秋に週末の1~2泊でトラックの短期合宿も入れたりしています。日程設定について、近年は学生主体で決めたものが指導スタッフへ報告されるという形でしたが、今年は年明けのミーティング時に少し議論をしました。まずはその際の資料を貼っておきましょう。

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大学の年頭ミーティング資料より

左側が学生原案、それに対する監督修正例が右側です。日程設計の論点はここにも表れているように、合宿の目的とそれに合わせた環境・メニュー、合宿期間とその合間のメリハリ、トラックとロードのバランス、試合日程や学事日程との兼ね合い、等になります。将来の指導スタッフとなる皆さんは、まずはこれを見て、自分ならどう設計するか、頭の体操をしてみてください。

基本的には部員達がこれらを主体的に考えて日程を検討し、合宿拠点の手配等をしてくれれば良いのですが、問題点もいくつかあります。

ひとつは、その年の幹部部員・キープレイヤーの志向(嗜好、と言っても良いかもしれません)に大きく左右されることです。例えば上級生が極端にロード志向でトラックにあまり関心がない場合、上記で貼った例のように、ずっとロード合宿に入り浸ってトラックは無視というようになります。あるいは逆にトラック短距離の選手が幹部の場合、ロード合宿にはほとんど関心がなく下級生に丸投げ、自分は東京で勝手に練習、のようになったりします。
本来は幹部部員が全体のことを考えて(メンバーの意見も適宜汲み入れながら)最大公約数的な合宿設計を行い、各メンバーは個々にとっては8~9割のフィット感だったとしてもそれに従う、という姿が良いと思います。以前このブログで書いた「自由は不自由の中にあり」の一例ですが、なかなかチームとしての理想形にはいかないものです。

また、ピーキングやピリオダイゼーションの考え方・知識は学生レベルだとまだ十分ではありません(自転車のトレーニングについて沢山の玉石混淆な情報を得ていることとは対照的です)。「とにかく合宿に連れていって缶詰めにしないと皆練習しないんで」といった粗いコンセプトで、長期休暇のかなりの割合をべったり合宿にする傾向が特に近年は目立ちます(それでいてお金がない、とかも言うのですが笑)。

以上のような課題もあるので、監督・コーチが合宿日程や内容の議論にはある程度しっかり入ったほうが良い、と僕は考えています。通常期における練習環境に恵まれない、首都圏かつ合宿所ナシという当部にとって、長期休暇時の集中した合宿練習期間はとても貴重で、その効果を最大化することはとても重要だからです。

では、年明けからの議論を踏まえて今春はどうなったのかというと、結果的には学生原案からさほど変わらないスケジュールで組まれることになりました。境川修善寺のトラックが改修や五輪準備で使用不可なことや、上述したような「東京にいると練習しない奴が出る」というやや消極的な理由も見過ごせないようで、最終的には彼らがそうしたいという意思を尊重しました。その代わり、各合宿におけるメニュー内容をよく考えて、効果的・効率的なものにして欲しいと伝えました。また一部トラック志向のメンバーは、3月中~下旬に泉崎のバンクへ数日間行くことにもしたようです。

合宿の設計だけに限らず色々な判断事項について、僕は部員達がよく議論した上での意思や結論ならば、最後はなるべく尊重したいと思っています。いくらそれが理論的に100%完璧ではなかったとしても、「これで強くなるんだ」という思いが入っているならば、それを貫徹するほうが結局効果的であり、また仮にそれで結果が出なくとも、彼らの中で次につながると考えています。ただしその代わり、彼らがこうしたいと言ったことをしっかりやり切っているかどうかはよく観察し、甘さが見られた場合には見過ごさず指摘する必要があります。そのコミュニケーションを怠ると、どんどんグダグダな組織に堕落していくおそれがあるからです。

合宿の実施場所

自転車競技の合宿をどこでやるかは、ロード練習環境をはじめとして、バンクの有無、当部なら東京・横浜地域からのアクセス、宿泊施設の質とコスト、等の条件を念頭に検討されるものと思います。ここでは、これまでの当部の経験を踏まえた主なレパートリーを、今後の参考のために書き残しておくことにしましょう。(概ね北→南の順です)

福島県・猪苗代~磐梯>
夏季のロード環境としてはほぼ最適。磐梯地域の10km超の登り、猪苗代湖沿岸の平地、桧原湖周辺の適度なアップダウンコース、等のバリエーションが豊富。僕が現役だった頃は、当時の監督のツテがあった猪苗代町の民宿を拠点に夏合宿を張っていた。近年は桧原湖まで登ったところに拠点を置いているが、宿泊コストに改善余地ありか。

福島県・泉崎>
泉崎自転車競技場でのトラック練習と、周辺地域でのロード練習が同時に実施でき、環境としては良い。トラックとしては境川修善寺よりは遠いが、猪苗代や蓼科に行くならここも範疇内。夏暑いのはやや難だが、東京よりはずっとまし。

<千葉県・南房総
今季も含め40年以上にわたり、当部春合宿のメインロケーション。海岸線には平地、内陸に入ればしっかりしたアップダウン、とコースバリエーションが豊富。東京・横浜からも久里浜~金谷フェリーを使って自走で行ける近さ、館山に塾体育会の合宿施設がありリーズナブルに滞在出来ること、春先も比較的温暖なこと、など利点が多い。ただし夏季は暑過ぎて使えない。

静岡県修善寺
言わずと知れた日本CSCを中心とした合宿ロケーション。北400mバンクを中心にトラック&ロード共催が可能。ロード練習コースのバリエーションは豊富だが、平地がやや取りにくい。宿泊はサイテル、オリーブの木、その他。学生からするとサイテルはややコスト高な印象のようだが、敷地内立地の利便性、2食しっかり出ることのメリットを考えれば本当は合理的範囲。

山梨県境川
境川自転車競技場を中心にトラック&ロード共催が可能。関東近郊のアマチュアバンクとして、地元山梨さんに加えて首都圏各チームがよく来るので、混雑しているのがやや難(東京方面からのアクセスの良さの証左)。バンク隣接のペンション坊ケ峰は、抜群の利便性と食事の素晴らしさで、古くから当部も温かいオーナーご家族にお世話になっている。ロード環境は、平地も取れる(やや交通量は多いが)し登りも潤沢、ひと山越えて富士五湖側に出てしまうことも含めればコースバリエーションは無限。

山梨県・山中湖~富士五湖周辺>
塾体育会の山中山荘(蹴球部の地獄の合宿で知られる)をかつては毎年夏に使っていた(があまりに他部と重なり過ぎるので近年は使っていない)。山中山荘でなくともコスパの良い宿泊場所を探せば、ロード環境としては本来とても良い。夏季もお盆時期のピークを外せばさほど交通量に支障はない。河口湖~西湖エリアに拠点を構えれば、境川にもアクセス良好でトラック&ロード共催が可能。

<長野県・蓼科>
蓼科山荘の立派な施設をリーズナブルに使えることと、松本・美鈴湖競技場へまあまあ近いこと(それでも片道1.5h程度はかかるが)から、近年は山中山荘に代わって夏季に1~2本張っている。ただしロード練習コースがとにかく厳しい山岳ばかりでメリハリを付けにくいこと、下りも急で長く初心者にはリスクがやや高いこと、コンビニが付近にないこと、東京からもそれなりに距離があること(中央道を降りてからが長い)、などから必ずしもベストロケーションとは言えない。

<長野県・松本~大町美麻エリア>
インカレがこのエリアで開催されることが多いため、結果として合宿的に陣を張っていることが多い先。コスパの良い拠点が見付かれば、蓼科よりもトラックとロード両方に良い環境が得られるはず。ただし大町美麻のコースは練習時でも沿道住民への十二分な配慮が必要。

沖縄県・名護エリア>
過去、大学生が有志で春合宿を張っていたことがある。ロード練習環境はもちろん抜群、2~3月でも半袖で練習が出来るので調子を上げていきやすい。航空券も必死で探せばオフシーズンには格安なものがあり、レンタカー代や現地での宿泊・食事代を入れても関東近辺で行うのと思ったほどは変わらない(もちろん変わるが、あの環境が得られると思えば許容範囲)。本当は北中城の競技場も使ってトラック&ロード合宿をしたいくらいだが、おそらく2台輪行がネック。また大きなメカトラブルの際に対処が難しいため、事前整備は通常以上に必要。

まだもう少しあったかもしれませんが、とりあえずこのくらいにしておきます。またこれ以外にも例えば栃木県・那須エリア、埼玉県西部・秩父エリアなど、当部にとっての未開拓エリアはあるはず。若手諸君の横のネットワークで、他校・他チームがどんなところで練習しているかを聞いたりして、常により良い環境探しは継続していってもらえればと思います。

なお学生によるロケーション選定に対して指導スタッフが留意しておくべき点は、
・前例踏襲型・惰性的になりやすいこと(自分が下級生の時に経験したことの繰り返し)
・食生活への配慮が相対的に低いこと(宿泊コストだけで選ぶ傾向)
の特に2点かと思います。合宿の場合、ロケーションがその後検討するメニューや負荷をかなり規定してしまうので、コーチが広い視点から助言し、その年ごとに変わるメンバー構成やチーム目標に照らして、最も効果的な環境が選ばれるようにしましょう。

ロード合宿のメニュー例

合宿における練習メニューは、当然ながらその合宿の目的によって異なる設計になります。春先の乗り込みなのか、特定のターゲットレース対策なのか、新入部員の手ほどきなのか、等でロケーション選定から日々の内容までが変わって来ることは自明でしょう。
ただいずれの場合にも共通した基本的考え方としては、例えば以下のような項目が挙げられるでしょう。
①3日を1サイクルとしたメニュー設計
②実力別・年代別(大学生or高校生)・担当種目別で量・質を変える
③合宿期間が長くなればなるほど、バリエーションを工夫し鮮度を保つ

実際に、3月初旬に6泊7日の南房総合宿を行うと仮定した場合の例を、以下に示しておきましょう。既に2月に2,000kmほど低負荷で乗り込み済み、気温も上がって量×強度が年間でも最大に近くなる、そんな前提です。

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春季ロード合宿の日次メニュー(例)

意外に量が少ないな、と思った方もいるかもしれません。確かに競合他校や実業団チームに比べるとやや少ないと思います。「ウチはチャレンジャーなのだから、競合他校より沢山練習しなくてどうする」という考え方も捨ててはおらず、そのように部員達に言う時もあります。その一方、客観的に見て当校の部員は平均値として必ずしも身体能力に優れているわけではないので、負荷耐性や回復能力を見極めて合宿の量・質を適切に設定する必要があると僕は考えています。
「本来あるべき量・質を設定し、でもそれをやり切れなかった」という”負け癖”がついてしまうことこそ排除したいので、それよりも「適切なメニューをきっちりこなせた、うち1日は追加でもう1周加えることさえ出来た」という仕上がりにするほうが、チーム全体が前向きになっていくように思います。

それと同じ考え方に基づいて、上記例のように、ある程度の実力・年代・種目別で班分け・メニュー分けをしておくようにしましょう。よくあるのは、ロードAのメニューだけが組まれていて(メニュー立案者が大抵このクラスにいるため)、他のメンバーはそれを必死で消化するか、消化し切れずに途中リタイヤするか、という状況です。これは練習効果、モチベーション、安全確保のいずれの観点からも良くないので、指導スタッフや幹部部員は全体をよく見渡して考えてもらえたらと思います。

指導スタッフの合宿への関与のしかた

上述の通り、特に大学生は春季休暇・夏季休暇時にはかなりの期間合宿へ入るようになります。社会人コーチはそれにべったり随行するわけにいきませんが、週末を中心に、顔を出せる時は出来るだけ行ってあげることで、彼らにとっての合宿のメリハリとなり、良い意味での緊張感を生む効果があるでしょう。
また定宿としているところ(例:館山合宿所)なら、お世話になっている宿の方へ簡単な菓子折りなどを持参することで、より親密な関係が生まれ、細かい部分での生活環境改善(例:お風呂時間の融通、学生達の多少の粗相への寛容度向上等)につながるでしょう。

合宿に赴いた際、ロード合宿なら大抵はクルマで伴走することになります。選手達の後ろに付きながら(公道で交通の妨げとならないよう十分留意しつつ)走りを見ることは、日常彼らの練習記録を見ているだけに比べ、感覚としては数倍、数十倍の情報量が得られ、適切なアドバイス・会話をすることが可能になります。フォームやペダリング、回転タイプとパワータイプ、車間の取り方や下りの上手い下手、追い込める奴とそうでない奴、といったことが良く分かります。もっと言えば、もし彼らと一緒に走れるならば、そのほうがクルマ伴走よりさらに数倍、数十倍の細かなアドバイスをリアルタイムで与えることが出来ます。それがまだ可能なうち(現役時代の貯金が残っているうち)は、是非そうしてみてください。

クルマ伴走の際は、大抵マネージャーを後部座席に乗せて、ボトル/補給食の提供や、暑くなってきて脱いだウエアの預かり、フォーム撮影などを行います。これは選手にとってとてもありがたく、4~5時間レベルのロング練習では特に効率的になりますし、なんだかチームが一段レベルアップしたような気にさせてくれます。これもあって、合宿日程を考える際は、指導スタッフが来られるように出来るだけ土日を絡ませるようにし、そこへロングを入れるようにするのが良いと思います。

事前の日程計画や各合宿のメニュー作りについては、前述したように学生案をチェックし必要に応じ追加コメントなどをして完成度を上げていきます。中でも、高校生が大学の合宿へ合同参加する場合には、必ず総監督が事前に高校生の走るメニュー(量・質・コース)が無理のないものであるかを確認し、高校の部長先生と連絡を取り合うこととしています。これは、年代・実力・体力の異なる高校生の安全確保のために非常に重要です。それでも毎日の練習に目を配ることは出来ませんし、大学生がどこまで責任を取れるかというのもありますので、高校生については基本的に任意参加(学校の部活外との扱い)とし、また特に高校1年生については、入部間もない夏合宿には参加出来ないルールとしています。

繰り返しになりますが、合宿は特に安全確保が重要です。合宿ロケーションは交通環境としては首都圏に比べ大きく改善される一方、路面が荒れていたり下り勾配やワインディングが本格的になる側面もあります。遠方なので何かあってもすぐに大人が駆け付けられるわけではありません。合宿後半になって来ると体力的限界との戦いにもなり、集中力の欠如が心配されます。走行時の声出しや合図励行を普段以上に意識する必要があり、合宿期間中にそれらの喚起を指導スタッフからメール等で行うことなどは有用でしょう。

当部にとって合宿は、日頃のコミュニケーション量が必ずしも十分でない部員達のチームビルディングという観点からもとても重要です。また合宿時には、大抵事前に現役マネージャーからOB/OG各位へ支援のお願いが連絡され、合宿拠点での食事にプラスアルファするための野菜ジュースやバナナ、スポーツドリンクや補給食類などを送ってくださることも増えて来ました。監督・コーチがその辺りの様子や御礼発信などにも目を配りながら、現役とOB/OGを含めて一体感のある、充実した良い合宿を創っていきたいと考えています。

(2020/2/16)