総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

コーチも自転車に乗るべきか、乗らざるべきか

今月20日発売の「BiCYCLE CLUB」誌4月号は、主に社会人サイクリストを対象とした「歳をとっても軽快に動ける!自転車乗りの身体メンテ術」を特集しています。その一部に取材協力させてもらったので、もしよければ書店または各種電子書籍サービスなどでご覧いただけたらと思います。

バイシクルクラブ2020年4月号、2月20日発売! 特集は『身体メンテ術』 | BiCYCLE CLUB

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Photo by Yosuke Suga やはりプロのカメラマンは腕が凄い

さて、その記事では、「現役と走りながら指導している48歳」という点がわりと前面に出ているのですが、実際には僕の体力・走力、かなりギリギリの状態になっています笑。その辺をどのように維持すべきかはBiCYCLE CLUB誌にお任せするとして、ここではコーチングの側面から、コーチも自転車に乗っているほうが良いのかどうかを考えてみたいと思います。競技特異的な部分もありますが、間接的には自転車に限らずスポーツ全般として、コーチは現役部員と一緒にプレイすべきか、というテーマにもつながるかと思います。

教科書的な結論としてはおそらく、「プレイ出来なくても指導は出来るが、できることなら一緒に動けるに越したことはない」といったものになるでしょう。たぶんそれは当たり前でざっくり正解だと思いますが、自転車競技の現場視点から、もう少し具体的に考えてみましょう。

僕はどのようにして来たか

まずサンプルケースとして、僕自身がどのように「乗りながら」コーチングして来たかについて、簡単に書いておきましょう。

僕が高校生を本格的に指導し始めたのは30代半ばでした。その時点で仕事は結構忙しく、平日昼夜のみならず週末も必要に応じオフィスに出るような状況でしたが、今思えばその頃はまだ、練習すれば現役時代の感覚がある程度戻って来ていました。高校生達とのロード練習ではローテーションにもかろうじて入れていましたし(すぐに先頭交代はしてしまいますが)、トラック練習ではごく短距離でなければ、部員達の後ろについて「垂れるな!」とか檄を飛ばしながら一緒に走れていました。高校生から見た30代半ばの先輩は完全なオジサンで、どちらかと言えば彼らの父親寄りですから、「宇佐美さん(その割に)すごい走れますね」という印象を持たれていたと思います。

しかし40代に入って、練習してもその効果が長続きせず、加齢による身体能力の低下に抗えなくなって来たように思います。仕事がますます忙しくなって睡眠時間が短縮されたこともおそらく影響して、成長ホルモンの分泌低下、それによる筋肉量や回復力低下、といったことが複合的に訪れ、ザルに水を入れているような、乗っても乗っても弱くなっていくような感覚です。それでも週末は出来るだけ部員達と、あるいは自主的に乗るよう努め、また乗らない日数を出来るだけ詰めるべく「水曜日に乗る」ことを励行したりしながら、延命策を図って来ました。

周囲の同僚や友人には、「いやあなかなか大変だけど、せめて入部したての高校1年生・大学1年生とは一緒に走りたいからさ。2年生になるともう追い越されてしまうけれどね」といったセリフを言い続けて来ました。それも最近はかなり怪しくなって来て、「せめて1年生の夏まで」くらいが本当のところかもしれません笑。

とにかくそんな風に、今でも一年一年、まだ走れるかなと思いつつ、高校・大学の部員達と機会を作って走るようにしています。特に上述の通り、新入部員へ基本的な走り方、フォーム、交通ルール、手信号・声出し、バンク初体験、といった入口の手ほどきをする4月~6月頃の段階は、上級生も自分のレースや練習で忙しい時期でもあるので、出来るだけ僕も一緒に走ってあげたいと思っています。

一緒に乗ることで得られるもの

そのように、部員達と一緒にまだまだ(or かろうじて)乗りながらコーチングをすることには、どのようなメリットがあるのでしょうか。これまで無意識にやってきたわけなのですが、立ち止まって改めて考えてみました。

① 選手の長所・短所を細かくつかみ、すぐにアドバイスできること

一緒に走りながら間近で部員達の走りを見て、その場で直接アドバイスが出来ることは、当然ながら非常に有用です。このスピードと風の時に、皆はどのくらいのギアとケイデンスか。この勾配の登りで、皆はどんな顔と息遣いをしているか。そうしたことは、共に走っているからこそ得られる情報です。

例えば球技であれば、一定面積のコート/グラウンド内での選手達の動作を観察しながら、技術的指導がかなりの程度出来ると思います。それに比べ自転車競技は、トラック競技を別とすればコーチの目の届く範囲からすぐ飛び出てしまうこと、また動作自体は決まったポジション/フォームでペダリングを繰り返すだけの単純なものであり遠目からはあまり違いが見えないこと、が大きく違う点でしょう。

また水泳や陸上であれば、動作の単純さは自転車競技以上かもしれませんが、一緒に泳いだり走ったりすることは、初心者やジュニア層を相手にする場合を除いてはなかなか難しいと思われます。自転車競技は機材が介在することもあってライディングスキル面である程度体力差を補えることや、空気抵抗のおかげで後ろについていればある程度一緒に走れる、という違いがあります。

こうした背景から、自転車競技で”本当に”選手をコーチしたいならば、一緒に走ることが最善の策だと僕は考えています。逆に言えば、僕があまり技術的な細かいことまで部員達にあれこれ言わないのは、「毎日一緒に走りを見たり感じたりしていない人間が、そこまで言えるとは思わない」からです。つまり究極的には、「自分で自分をコーチする」しかないのです、自転車競技は。

それでも、コーチが現役選手に交じって走るからこそ、
「右に比べて左膝が少し開いているようだから、気を付けてみて」
「今のコーナー、踏み出しが遅れただろ。出口では前の奴より半歩早く踏み出せ」
「先頭交代した瞬間、急に踏み過ぎ。自分の番の時間全部を使ってじわじわ上げていく感じで」
といったアドバイスがその場で出来るわけで、タイムやデータを見ているだけ、クルマで後ろから伴走しているだけでは、こうしたポイントはなかなか分からないものです。

② 機材・用品・練習手法等の動向をキャッチアップできること

たとえ最新の機材や、流行のトレーニングメソッドをあまりよく知らなくても、大所高所からのコーチングは社会人であれば一応は可能です。それらの動向について今の高校生・大学生はネットから数多の玉石混淆な情報を得て詳しいですから、下手に知ったかぶりをしてもロクなことはありません笑。しかし、その辺の会話を最低限の範囲で部員達とやり取りできることは、やはり彼らとの距離を近くし、この人は分かってるなという信頼感を醸成することになるでしょう。また、機材の選定は安全確保とも表裏一体ですから、流行に惑わされない正しい認識を持つことは指導者として必要なことでもあります。それらのために、一定程度自分で体験・体感しておくことは、大いにプラスだと思います。

僕自身は、決して「最新の」というわけではありませんが、現時点の機材で言えばせめてカーボンホイールやパワーメーター、電動変速機くらいは自分でも導入し、その効果や限界を理解するようにしています。最近では本当はディスクブレーキを使ってみたいのですが、それはまだ出来ていない、くらいのアップデート感です。あくまでボランティアですので経済的制約もありますし、すごい機材を使って走りはすごくない、のも嫌なので、足りない部分は自転車専門誌やネット媒体、そして自転車屋さんや部員達からの生の情報に接することで補うようにしています。

部員達も、僕くらいの歳になると「知らなくて当然」というベースにあるようなのですが、そこで「使ってみた感」を交えて同じ目線で話すこともあれば、素直に「最近のアレだけど、みんなの評判はどうなの」と聞いてみることもある、この両方が適度に混ざるくらいで、ちょうど良い感じです。

③ レースのコース特性を身体で理解し助言できること

僕は全日本選手権やインカレ、あるいはもっと小さなレースも含めて、時間が許す限りにおいては、事前に選手と同じ大会コースを走ってみるようにしています。最近は予めYouTubeなどにコースをクルマから撮影した動画を置いてくれることも増えて来ましたが、百聞は一見に如かずで、自分の脚で体感するほど理解が深まることはありません。休暇が取れて試合の1日前に現地へ入ることが出来たならば、輪行していってでも、すぐにレースコースに走っていって、「このコースの展開はたぶんこうなる、あそこが勝負どころだな」「道幅が狭まるあのコーナーには前で入れ」「ここの道の左側はずっと荒れているから、右側に位置取れ」といった情報を、出場する選手にコメントとして伝えます。

選手達も今はスマホSNSを使ってリアルな情報を収集したり選手同士でやり取りすることには長けていますので、僕がコメントすることなど大体似たようなものかもしれません。ただしそうであっても、ベテランの監督・コーチも言っていたということが、彼らにとって安心材料となり、それに基づいて戦略を立てることにつながるのではと思っています。

また、事前にコースを走って確認しながら、レース当日にサポートスタッフをどこに配置すべきかも考えています。補給・機材エリアは予め指定されますが、それ以外の要所で指示や声援を与えるためにどの辺に陣取れば良いのか、これもクルマでレースコースを軽く飛ばしただけでは、選手と同じ目線ではとらえにくいと思います。

④ 練習アイデアの”引き出し”が増えること

社会人という時間制約の中で乗り続けるためには、1回1回の練習を学生時代に比べてとても大切にすることが必要になって来ます。また、僕の例で言えば40歳を過ぎた辺りから、いよいよ加齢との闘いになって来て、かなり色々なことを考え試行錯誤しながら、どうにか右肩下がりを抑止すべく真剣に考えるようになります。おそらく今の練習=現役時代の試合、くらいの本気度かもしれません笑。身体の声をよく聴けているのはどちらかといえば、昔より今かもしれません。

例えばですが、都内での短い練習時間でのメニューの工夫だったり、ペダルへの体重の乗せ方だったり、ストレッチのバリエーションだったり、自転車に乗れない時間での補強トレーニングだったり、チェーンのメンテナンスの品質向上だったり。色々な角度で、かつすごくミクロなレベルで、お金も極力掛けないようにしながら、あがいています。

そうしたことを通じて、自分の中で自転車トレーニングに関する様々なアイデアや経験値が創出・蓄積され、引き出しにしまわれていきます。引退して以来乗っていない人は、現役時代にどれほど強かったとしても、コーチングの引き出しは現役時代からさほど増えていかないでしょう。逆に現役時代はあまり強くなくても、コツコツとその後も自転車に接し思考を継続している人は、コーチングのネタが豊富。しかもそこには、市販の書籍やネット情報にはないオリジナリティと説得力がある。部員達が伸び悩んでいる時や質問をされた時に、「自分もいつか通った道」であることが多く、的確な答えや、いくつかの処方箋の選択肢をすぐに挙げることが出来る。そんな幅と厚みのあるコーチングが可能となるでしょう。

⑤ 部員との連帯感・信頼感の醸成

上記①のような監督・コーチが自分達と一緒に走っているという事実そのものに加え、②~④のようにそれをベースとして同じ目線での会話が出来れば、現役部員から「自分達と同じ人種」「ぼくらの仲間」だと認定されやすくなり、コミュニケーションの円滑化、連帯感・信頼感の構築がしやすくなって来るでしょう。

お腹がぽっこり出て、太腿を腹に打ち付けながら走るのでも構わないと思います。もちろん、現役に混じってガンガン走れてお手本を示せるなら素晴らしいことですが、技術面の比重が高い球技系などと異なり、身体機能面の比重が高い自転車競技では、いずれその舞台から降りざるを得ません(しかも引退してからそこまでは、結構すぐです)。しかし仮にそうであっても、指導スタッフ自身が自転車競技を愛し、真摯にかつ楽しく向き合っている姿を部員達に見せることが、チーム全体に良い影響を与え、選手達の目線やモチベーションを上げる効果があるのではないかと思うのです。

「自分も乗る」場合に留意すべき点

以上のように、「乗ることによるメリット」をいくつか例示して来ました。それに対して「デメリット」というものは考えてもあまりないのですが、「留意すべき点」というのは少々あると思いましたので、念のため書き留めておきましょう。

あくまで「部員ファースト」

若手OBにありがちなことですが、引退からしばらく経ってまた乗り始めると面白くて(身体はまだそこそこ動き、かつ毎日練習しなくて良い!)、ついつい自分が乗ることの優先度が、現役へのコーチングより高くなってしまうことがあります。例えば現役がレースの日なのに友達とロングライドに行ってしまう。現役の練習に参加していても自分がどこまで頑張れるかに夢中で部員の走りを見ていない。といったことです。

僕も20代のころはややそういう側面があったかもしれず、その反省も込めてこれを挙げています。その気持ちは分からないでもありませんし、あくまでボランティアなのであまり制約的なことも言えません。しかしこれを現役部員はすぐに見抜き、「〇〇さんは自分が楽しいだけだよな」になります。そうなると、良くて自転車友達、悪ければ迷惑な存在になって(一応先輩ですからそれなりに気を遣わなければならないので)、コーチと部員との健全な関係性には二度と戻りません。

学生側の視点からすると、年の離れた先輩が来てくれる、一緒に走ってくれる、というだけでもそれなりの意味を持つ場合はあるかもしれません。ただしそれだけなら別に指導スタッフではなく、いちOB/OGとしてやってくれれば良いのです(練習や合宿へのそうした形での参加も大いに歓迎です)。そうではなく、コーチというからには常に「部員ファースト」であること。この誠実さは必要だと思います。

決して無理をしない

指導スタッフ自身が体調を崩したり、練習中にケガや事故をしてしまっては、本末転倒です。現役諸君と一緒に乗っていれば大抵は自分が先にキツくなって来るわけですが、それでも彼らより自分が常に余裕を持ち、何が起きても冷静沈着な判断と適切な対応が取れ、学生に先回りして色々なことに気付き指示を与えられるような態勢でなければなりません。したがい、それが出来なくなるまで追い込むのではなく、その直前で素直にちぎれましょう笑。また、コーチである前に社会人であり家庭人なわけですから、自転車のせいで生活基盤が崩れてしまうようなことになってはいけないでしょう。

その意味では、仕事や平日の付き合いとのバランスも社会人コーチは気を付けるべきです。部員達に体調管理、十分な睡眠確保などと言っておきながら、自分が睡眠不足の状態で練習しに来たのでは、危ない危ない。ただでさえ、練習量が少ない中で現役の練習に加わるという”わりと無理なこと”をするわけなので、色々な意味でのコンディション管理は指導スタッフ自身が一番留意するようにしましょう。

今後の「伴走コーチング」に望むこと

自転車に乗りながらのコーチングは、年齢とともにいつかは出来なくなるでしょう。僕の場合、その瞬間はかなり近いところまで来ている気もしますが、その際にはクルマでの伴走になるのか、はたまたそこからバイクの免許を取るのか?は分かりません(バイクペーサーをしてあげられる環境は本当は作りたいですが)。一番望ましいのは、若手OB/OGが僕に代わって現役達と一緒に走ってくれること、それが伝統となってずっと継承されていくことだと思っているのですが、若手諸君、いかがでしょうか?

また、これからの時代に僕が注目しているのは、eバイクの本格的登場によるコーチング手法の変革の可能性です。走行性能や航続距離の改善されたeバイクが手頃な価格で登場すれば、コーチが登りでちぎれることなく、現役選手にずっと伴走出来る日が来るかもしれないのです。
日本の道路交通法で電動アシストが24km/hまでに制約されているというのはありますが、平地や緩斜面を自身の脚で付いていけるくらいの軽量化と走行性能向上が実現されれば、24km/h以下になるような急な登りは、むしろコーチのほうが楽そうにしている、ということになります。
今年発売予定のSpecializedのeバイクは一見するとほぼ普通の高級ロードレーサーで、重量も12.2kgまで来たようですが、でも100万円と言われてしまうと・・・。僕らがコーチングの現場で試せるような時代が、近々来て欲しいと思っています。

選手と一緒の空間・時間を共有し、同じ風を受けながらお互いをよく理解し合えるのが、伴走コーチングの一番の良いところです。将来の指導スタッフとなる人達には、ぜひその効果と楽しさを経験してもらえたらと思っています。

(2020/2/20)