総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

「9月入学」で学生スポーツはどう変わるか

新型コロナウイルス拡大防止への社会的対応により、高校・大学は4月に入ってからも在宅学習・部活休止状態が継続しています。大学では4月末からオンライン授業が本格的に開始されたところです。僕自身も会社の緊急事態対応やテレワーク化推進で大きく時間が割かれ、4月はブログを書くことが出来ませんでした。ウイルスとの闘いは長期にわたるものと予測されていますが、5月末までの間で一定の鎮静状態に至ることを願っています。

そうした中、世間ではひらめいたかのように「9月入学」化の議論が急浮上しています。諸外国の学校教育カレンダーに整合させることで留学・国際交流が促進されるという目的と、教育現場での様々な課題や経済社会へのインパクトとの間で、今回も喧々諤々の論争が行われるものと思います。特に今般の場合は、小学校から大学まで全ての教育機関がコロナにより大きくブレーキを踏まされている現状を踏まえ、大学だけでなく小中高も含めた9月入学化が俎上に載っているのがポイントです。

しかし、かねてよりこの議論は国内で度々されて来たものの、学生スポーツへの影響についてはあまり検討されていないかもしれません(もちろん、スポーツのことを考慮してこの議論が左右されることはないでしょうけれど)。もし「9月入学」が現実のものとなったら、高校生・大学生のスポーツや部活はどのように変わるのか。自転車競技を例にして、以下の3つの観点から考えてみました。

 1.大会カレンダーはどう変わる?
 2.選手の動き方はどう変わる?
 3.チームの運営・指導はどう変わる?

1.大会カレンダーはどう変わる?

国内の自転車競技は、高校生・大学生の目線でいうと3つのターゲットイベントがあります。6月下旬の全日本選手権ロード、8月上旬の全国高校総体(インターハイ)、8月下旬の全日本大学対抗(インカレ)、がそれです。
高校生であれば、高校総体に向けて4~5月の県大会から6月の地方大会へとピラミッドを登っていくことになります。また秋季の新人戦の上位者は翌年3月の全国選抜(野球のセンバツのようなもの)に出場することが出来ます。
大学生においては、学校対抗戦として頂点にあるインカレのほか、個人戦としての各種目全日本学生選手権や、それらへの出場権を獲得するための小規模なレースが年間を通じて行われています。

自転車以外の多くの夏季競技も、大体これと似たような感じではないかと思います。
こうしたスケジュールは、4月入学で始まる現状の学事日程と、競技の一般的な大会カレンダー(自転車競技の場合は春~秋がシーズン)とを重ね合わせて設計されています。これが「9月入学」になるとどう変わるのか。僕は文部大臣でもなければ教育のプロでもありませんが、一定の仮定と相当の個人的推測をもって、下図のような勝手仮説を立ててみました。

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大会カレンダーと学事日程(現状と今後の仮説)

9月入学となった場合の学事日程は、仮に米国のアカデミック・カレンダーにならうと想定しました。つまり、8月下旬~9月上旬に新学年が始まり、12月までが秋期(前期)、冬休みをはさんで1月下旬から5月までが春期(後期)、5月下旬に卒業式で、6~8月は丸々夏季休暇、というものです。

これを前提とした場合、高校総体や大学対抗が現状の8月のままでは、最終学年の学生の出番が事実上なくなってしまいます。卒業式を終えた後も8月ギリギリまで高3・大4が選手として頑張るかと言えば、さすがにちょっと違うでしょう。かといって、高校2年間・大学3年間で選手生活が終わってしまう(予選止まりの選手であればもっと短期になります)のも、あまりにもったいない。となれば、いつにプロットし直すべきでしょうか。

欧米の事例を見ると、米国ではUSA Cycling Collegiate Road National Championshipsが5月上旬に行われています(2020年は中止)。欧州はそもそも学校単位の括りが薄いと思われますが、UEC Road European Championshipsが、ジュニア及びU23カテゴリーを含めて7月~9月に実施されているようです(ただしそれよりも、8月のTour de l'AvenirのほうがU23には重要かもしれません)。
日本ではそれぞれ、ゴールデンウィークや夏季休暇に相当する時期で、自転車競技のシーズンとしても悪くはありません。ただし高3の大学受験時期に重なってしまうことが大きく、また大学生にとっては、5月の期末試験との兼ね合い(米国はこれを考慮していないようにも見えます)や、就職活動の分散化(=企業の通年採用化)が進展することが条件となるでしょう。

そうすると、我が国においておそらく最も現実的な候補は、3月中~下旬に1週間程度置かれる春季休暇のタイミング(日本では春分の日があるのでその前後に絡めてとなるでしょう)ではないかと想定します。ここに学生競技カレンダーのピークである高校総体・大学対抗を持って来た上で、高3は大学受験へ、大3は就職活動へ移っていくイメージです。

高校生においては、ちょうど現在の選抜と総体が入れ替わるような形で、総体に向けての県大会・地方大会が秋季に行われることになるでしょう。
大学生においては、長い夏季休暇時にも何らか大きな大会を持って来たいところで、各種学生選手権がこの辺りにリスケジュールされるのではないでしょうか。
なお全日本選手権(ロード)は、国際レースカレンダーに照らしても、(2020年は別として)従来の6月下旬開催が変わることは原則ないでしょう。

2.選手の動き方はどう変わる?

仮に前述のような大会スケジュールになるとして、学生部員の選手生活はどのように変化するでしょうか。現状のカレンダーがただ5ヶ月ズレるというだけではなく、思いのほか大きな変動が起きそうです。

 ① 冬季のトレーニングがより重要になる

3月に最も目標とする大会が控えるとなると、12月~2月の冬季練習の内容充実が必須になって来ます。これまでこの時期は、4月のシーズンインに向けてじっくり乗り込んだり機材やポジションを変えたりというオフシーズンでしたが、そのようにはいかなくなります。

現実としては、インドアトレーニング(Zwift、WattBike等)がますます普及・進化したり、室内バンクでのトラック練習(伊豆だけでなく千葉の新バンク竣工も期待されます)や沖縄・アジア等温暖な地域での合宿を行って仕上げていくようなトレーニングプランになっていくものと思われます。これらに対応出来る総合的なチーム力の有無が勝敗を分けることになるでしょう。

 ② 学事日程とレースカレンダーが合わなくなり、活動スタイルの多様化が進む

とはいえ、3月に一年のピークを持って来るというのは、自転車競技カレンダー全体で見るとやはりイレギュラー感は否めません。一個人としての選手を考えると、大学チームに所属してインカレに貢献しながらも、6月の全日本ロードをはじめ春~秋のレースシーズンで実績を残すべく、実業団チームとの兼業所属が現在よりも進展するかもしれません。あるいは個人としての学生日本一を決定する各種学生選手権がより重要視される流れになるかもしれません。

逆に学連としては、大学競技界の地盤沈下を防ぐべく、3月のインカレを「レースシーズン開幕を飾る象徴的イベント」として位置付け盛り上げていく必要が生じるとも考えられます。うまくいけば、例年2月~3月に開催している明治神宮クリテリウムと合わせて、国内レースファンの注目を惹き付け好循環を生み出すことも可能かもしれません。

 ③ 就職活動との両立がしやすくなる(すべき)

9月入学の議論がかねてから浮上しては霧消する理由のひとつは、企業における新卒一括採用方式との兼ね合いだとされています。確かに、これまで日本で主流だった一括採用は、色々な意味で企業にとっては効率的で都合の良い手法かもしれません。
一方で、これだけ人材のダイバーシティ・国際化が重視され、今後日本の学生達の留学等もより盛んになっていくと、通年採用やインターン選考をはじめとする手法の多様化はますます加速し、採用活動時期(=学生から見れば就職活動時期)の分散化が図られていく可能性も十分あると思います。従来「就職協定」を主唱していた経団連も、現在は通年採用を推進するスタンスにあります。

したがい、学生達はおそらく大学3年次を中心に2年~4年にかけて、学業・スポーツ・就職活動を並行して「日常的に」行っていくようになるのではないかと想定します。企業も学生もそれぞれ、今までより少し大変になるかもしれませんが、学生諸君の成熟を促すことにおそらくなり、また企業側も本質的に自社の魅力度を高める必要が出て来るという点で、社会全体としては良い方向に向かうものと考えます。そしてこのような採用/就職活動が定着すれば、大学アスリートの総合的レベルアップ、ひいては彼らが社会に出てからのより一層の活躍も期待出来るのではないでしょうか。

もしこのような世の中になれば、例えばインカレはそのまま8月で、学生は大3~大4前半で企業内定を決め、卒業ぎりぎりの8月までスポーツに全力で取り組んだ後、10月や翌年1月に入社、といったフレキシブルかつ非常に充実した学生生活の送り方も可能になるかもしれません。

3.チームの運営・指導はどう変わる?

選手ばかりでなく、部・チームを運営する側の先生方や指導者にも、「9月入学」は様々な変化を要求するでしょう。この辺りは部活のみならず教育現場全般を預かる先生方が最も広く深く考えていらっしゃるものと思いますが、現時点で僕の思い付く範囲を備忘までに記しておきましょう。

 ①「+0.5歳」による競技力への影響

9月入学になると、これまでより約半年遅く学生・生徒が入学して来るわけですから、部員の年齢は従来よりも約0.5歳上がります。非常に素朴なポイントながらこれは結構重要で、第二次性徴期の小学校高学年~中学生はもちろんのこと、高校生・大学生でも身体能力・競技力の面で無視できない変化だと思います。

例えば高校生であれば、筋力トレーニングの負荷や手法をこれまでよりもやや高度なものにしていける可能性があります。あるいは大学生であれば、より技術・戦術面の強化を重視すべきかもしれません。仮に前述のような、新たなカレンダー上で大学4年生が最後の8月まで競技を続けたとすると、これは現在より丸々1年長く競技経験を積めるということですから、学生競技の水準向上は明らかに期待できるものと思われます。

ただ一方で、若年層のうちに刺激しておくべき心肺機能系や神経系の発達可能性は、高校生以降、特に大学生になってからは、半年分だけ限定的になってしまうと考えられます。「伸びしろ」が若干小さくなるということです。指導者はこれらのポイントを勘案しながら、従来のノウハウの修正・改善を行う必要が出て来るかもしれません。

 ② 新人育成プロセスへの影響

4月入学の場合、大抵は4~5月に新1年生が入部し、気温が上がっていく中で徐々にその競技に慣れ、夏合宿での地獄の特訓?を経て秋口にはいっぱしの部員になる、といったようなプロセスで部員を育成しているチームが多いのではないでしょうか。
これが9月入学になると、入部時期が”スポーツの秋”なのは良いものの、その後冬に向けて気温が低下し、日没時間も早まる中で育成していくことになります。故障・ケガへの留意度を高める必要があり、また練習量も(室内競技やナイター設備があれば別ですが)相対的に少なくなって育成所要時間は長くなるものと考えられます。これらの制約条件を踏まえて、より効率的・効果的な育成プログラムを持つチームが優位になっていくことでしょう。

一方、制約ばかりではなくメリットもありそうです。例えば、近年の日本は新入部員がほどなくして酷暑下での練習を余儀なくされ熱中症のリスクが大きいですが、9月入学ではそのようなことにはなりにくいでしょう。あるいは、これまで合宿を含めた夏季休暇時の集中的練習で新入部員をある種の「ふるい」にかけていたところもあると思いますが、これからは冬季という条件下で自ずとモチベーションの高低が顕在化し、自然淘汰されていく可能性が高まるかもしれません。

 ③ スカウティングへの影響

高校生の優秀な選手を大学へ誘致する活動は、主要大会スケジュールがどうなるかによりますが、基本的には単純に約半年ズレるということになるかと思います。
ただし、高校総体が仮に3月に設定されたとすれば、その結果を踏まえて候補者確定、推薦入試実施、その後一般入試、という一連のスケジュールがこれまでよりタイトになるだろうと思われます。これまで高校総体(8月)から一般入試(2月)までは中5ヶ月ありましたが、これが中3ヶ月に短縮されるイメージです。
その分、高2終了間際の全国選抜大会の位置付けがより高くなる可能性や、推薦入試に向けた個別指導の一層の充実等が求められて来るかもしれません。

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以上のような考察は、繰り返しますがあくまで僕個人の推測(妄想)をベースにしたものであり、今後の議論の推移を見ながら本来の関係者各位が検討されていくものと思います。また夏季競技と冬季競技でも、相当違った論点になるだろうと思われます。

いずれにしても重要なのは、こうした「大きな変化」の際に先んじて新たな波をつかみ、既存の”業界構造”やポジショニングをあわよくばひっくり返していく、そのような気概を持つことでしょう。自転車競技界において、当校は古豪ながらもあくまでチャレンジャーの立場です。ゆえに、今般のコロナ拡大に端を発しての様々な変化を前向きに捉え、118年前に日本の自転車競技を切り拓いた先輩達と同様のパイオニア精神をもって、現役諸君とともに未来に向け進んでゆきたいと考えています。

(2020/5/6)