総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

レース再開 ~コロナ禍の半年間振り返り

今年のツール・ド・フランスが8月末の土曜日に例年より約2ヶ月遅れで開幕したのに続いて、9月からは国内の学生レースもいよいよ再開となりました。
9月5日(土)には全日本学生個人ロードレースが群馬で、12日(土)~13日(日)には同トラック大会が福島で、それぞれ開催されました。2月下旬に明治神宮クリテリウムを開催して以降、新型コロナウイルス対応のために日本学生自転車競技連盟主催の試合は全て延期または中止になっていました。連盟関係者の長期にわたるご尽力と慎重な準備、出場する各校の対策遵守等によって、半年ぶりに学連レースが再開されたことは嬉しいニュースです。
また11日(金)~13日(日)には、高校生の春の選抜・夏のインターハイ中止の代替レースも京都で開かれ、若い才能の発揮機会が作られたのは喜ばしいことと思います。

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全日本学生個人ロードレース(9月5日、群馬CSC

一方で、いまだ対外試合や遠征が禁止となっている学校や、各部員が地元へ戻ったまま再結集が難しいチームなどもあるようで、今季の各大会は「選手権」の冠を外さざるを得ないこととなっています。
僕自身も、3月以降在宅ワークが基本という生活になって少し余裕が出来るかと思いきや、実際はその逆で、朝から深夜まで社用PCとにらめっこする日々が続いています(←在宅ワーク化の典型的な悪い例ですね)。そのおかげでこのブログもだいぶご無沙汰になってしまいました。

本ブログの主たる目的は「未来の指導スタッフへの勝手引き継ぎ書」というものですが、今回の新型コロナ禍での様々な出来事が将来何かの役に立つのかは分かりません(このような災禍が二度と起きないに越したことはありません)。ただし、「あの時はどうしていたんだろう」と振り返りたくなる機会もあるかもしれませんし、またこの危機を学生達が果敢に乗り越えようとしている姿は記録に残しておく価値があるかと思いました。そこで今回は、試合再開までの約半年間について、当部がどのように過ごして来たかを中心に、備忘録として書き留めておきたいと思います。

2月末~8月末までの時系列まとめ

新型コロナウイルスが我々の日常生活に不安や影響を与え始めたのは2月初旬頃からだったかと思いますが、当部の活動に直接影響があったのは、2月末の塾体育会当局による合宿自粛要請からでした。それ以降現在に至るまでの詳細な経緯は末尾に年表的に記録しておきましたが、それはちょっと細かいので、以下に大まかな流れを月毎にサマリーしておきます。

【2月末】
南房総での合宿中、体育会からの一斉連絡で合宿自粛要請。翌朝に部員全員帰京。

【3月】
部としての練習活動は当面休止し、感染防止対策を自主的に取りながら個人任意練習へ移行。またこの頃からZwift等を使ったインドアトレーニングが急速に普及開始。3月末、ついに部活動全ての自粛要請。

【4月】
部としての集合活動は凍結し、完全に個人単位での自主練習体制へ。入学式も延期となり勧誘活動できず。Zwiftミートアップで部員達がバーチャルな集合練習をしたりする。

【5月】
大学の各授業がオンライン形式により開始(4/30~)。以降、学生はその聴講と課題提出に追われることに。一方、インドアトレーナーを活用してネット上で競走する「eレース」が各所で始まり、当部部員も活躍。

【6月】
緊急事態宣言の解除(5/25)を機に、各部活動の再開準備。体育会へ防止対策を提出・承認され、6月第2週より部としての朝練・週末集合練習を再開。

【7月】
体育会より、夏期合宿の自粛要請。後半は春学期試験の代わりの課題提出に部員達は忙殺。

【8月】
体育会より、夏期対外試合に関しては十分な予防措置をした上で日帰り・宿泊とも許可。当部は大きく中長距離班と短距離班の2グループに分かれ、東京・神奈川ベースでのロード練習と、個人単位での地方での自主練習を混在させながら、制約下で出来る限りの強化策を部員達が自主的に立案・実行。

導入した主な感染防止対策

6月上旬の部活動再開においては、それまで各部自主的に行っていた感染防止対策を改めて書面で整理し、必要な部分を加味するなどして、体育会当局に再開体制ありと承認いただくことが必要でした。マスクの着用や手指洗浄の徹底など当然な事項に加え、各部ごとに異なる競技様式や練習形態を十分考慮した対策が求められました。

自転車競技は幸いにもその点、コンタクトスポーツではありませんし、屋外での密ではない環境下での練習となるので、対応策に非常に悩むといったことはありませんでした。主な項目は例えば以下のようなものです。

  • 部室入室人数の制限、シフト表を作り共用機材の使用予定を部員間で調整
  • 部室の換気、ワットバイクやウエイト機材等の都度清浄の励行
  • ロード練習の人数小分け(1班3名まで)、マスク及びウエットティッシュ類の携行とコンビニ入店時等での使用
  • 日々の検温・体調管理、感染が疑われる場合の保健所・大学保険管理センターへの届け出、部長・監督への連絡、体育会事務室への報告(幸い今のところこれは発生していません)

このほか、8月以降は日帰り・宿泊を伴う対外試合も(十分な予防措置を前提に)許可となった中で、移動時のクルマの人口密度(を低くすること)や換気、宿泊の場合は極力シングルルームまたは十分な広さを確保すること、宿泊先の方々から抵抗感が示されないこと、等に留意をしています。

コロナ禍を通じた3つの変化

こうした制約下での活動期間は、当初春先での想定をはるかに超えて長引いていると言って良いでしょう。この間、社会全体も自転車競技界も、コロナがなければ起きなかったであろう多くの変化を短期間で受容・消化し定着させて来ました。
今後もまだそうした変化プロセスは続くと思いますが、これまでの半年間で当部に起きた重要と思われる変化を3点、挙げておきたいと思います。

①インドアトレーニングの普及

既に触れましたが、外出自粛の風潮が起き始めた3月頃から、「Zwift」を中心とするインドアトレーニングサービス、及びそれに対応するダイレクトドライブ型トレーナーが、学生の間でさえ急速に普及しました。緊急経済対策による”コロナ給付金”10万円の後押しもあったと思います(トレーナー機材は概ね十数万円)。
当部大学生の半数程度はこのサービスを活用していますし、僕自身でさえ大画面モニターや扇風機を含むほぼ完璧な「Zwiftルーム」を構築して、以前なら通勤していたであろう時間帯や夜間に汗を流しています。

やってみると分かりますが、Zwiftはずっと脚に負荷のかかった状態で回し続けなくてはならず、練習強度は明らかに高くなります。けれども、ダイレクトドライブトレーナーがZwift画面に現れる仮想空間のコースに連動して、登りは重く、下りや人の後ろだと軽くなったりするので、CG映像の秀麗さとあいまってかなりの臨場感をもって「楽しみながら苦しむ」ことが出来ます。また内蔵された重量のあるフライホイールをブンブン回す構造は、ちょうどトラックレーサーに乗っているような感覚に近く、回転数が低いわりに滑らかなペダリングの習得にも効果が得られると考えています。

これまでも三本ローラーや固定トレーナーといった屋内トレーニング機材はありましたが、このZwift+ダイレクトドライブというインドアトレーニング手法と機材は、さらに一歩進化したものとして、たとえコロナ禍が収束していったとしても効率的練習メソッドとして定着することでしょう。そして実走練習とのバランスをうまく取りながら最大限活用出来る選手は、フィットネスレベルが確実に高まり、自転車競技界全体のレベルを引き上げていくものと思います。

②選手のモチベーション二極化

自転車競技部は、コロナ禍となる以前から相当に個々人の自由度が高く、部員それぞれの自律判断の幅がある運営をして来ました。ともすれば「体育会らしくない」「緩い」組織とも思われるほどかもしれませんが、それが今回はむしろ良い方向に出て、他の団体種目の部などに比べれば、個人練習体制に入る際のギャップが相対的に少なかったと思っています。

それでもこのコロナ期間を通じて、およそ半数程度の部員は(多少のバラつきはありつつも)自主的に一定以上の練習量を確保出来ていましたが、もう半数は環境の激変や「仲間のいない」状況に対応し切れず、極端に練習量が落ちる者、精神的に脱落し活動状況が見えなくなる者、さらには休部・退部を申し出る者さえ数名発生したことも事実です。
これは当部に限らず、他校でも似たような話が聞かれますし、インターハイが中止となり7月一杯まで部活自粛が続いた高校の部では、さらに顕著にネガティブ影響が見られました。

ひと昔前であれば、自転車競技をやる者はいわゆる「運動神経」がどうであれ、その前にまず「自転車が好き」であって、今般のような環境下でも好き勝手に自転車に乗っていたことでしょう。しかし現在は、参加人口の裾野が広くなったこともあり、色々な意味で「スポーツ、競技として」自転車を選択している者、あるいは「仲間づくり、居場所づくり」のニュアンスも含めて入部している者が少なくありません。そうした部員は、試合の開催メドが当面立たず、オンライン授業や部活自粛で仲間との接触が大幅に減少するとなると、モチベーションを保てないのかもしれません。

体育会活動は、表面的な友達作り、思い出作りが目的ではありませんから、そうした部員が淘汰されていくのは、少し厳しい言い方ですが”健全化”と言えるかもしれません。しかしそれを差し引いても、この半年間の中でもっと部内を活性化しモチベーションを維持するような運営が出来なかったかは、指導者側の反省点と言えるでしょう。

③危機の共有を経たチームのまとまり

一方で、新たな環境下でさまざまな部運営の工夫を、部員達が自発的に立案・実行する動きが見られたのは、大変心強いことでした。一例を挙げれば、

  • Zoomを活用したミーティング実施(世の中の企業より早かったくらい)
  • Zwiftによるバーチャルチーム練習の実施、eレースへの積極的参加
  • 新入部員勧誘のための動画作成・公開、Web・SNS系の拡充(それまで体育会他部に比べ劣後していた)
  • 共通のスケジューラーソフト導入(部活動がいくつかの班で分散実施されることを踏まえ、全体の動きを共有)

といったことです。また、8月に入って以降の本格的練習再開後は、短距離/中長距離のそれぞれの班で、従来以上によく考え工夫して、皆で強くなろうというモチベーションが見られます。

もしかすると、コロナがなかったとしても、現在の幹部部員諸君のリーダーシップや、各部員の積極性、あるいは新1年生による刺激などによって、これらのことは実践されたのかもしれません。しかし、コロナによって大幅に短縮されたレースシーズン、今後秋季に開催が予定されている試合機会の少なさが、彼らに「好きなスポーツをやれる喜び」を再認識させ、その背中を後押ししている可能性も十分にあるでしょう。

いずれにしても、コロナ禍を経た現在のチームの雰囲気は、僕の眼から見ても良い方向に向かっており、高いレベルでの「Enjoy Cycling」が実現されつつあることを喜ばしく思っています。

短いレースシーズンの今後の過ごし方

9月5日の全日本学生個人ロードレースは、例年に比べ随分変則的な開催となりました。
今季これまでの間で、全日本レベルの試合に出場する権利獲得の機会(中小規模の学連レース)が皆無だったことから、今回は午前中に予選→午後が決勝、という形になりました。決勝も距離90km(さらに当日は雷雨回避のため66kmに短縮)という”短期決戦”でした。
当校は、計8名が予選出場しうち5名が決勝進出という、想定を超える結果をまず午前中に出してくれました。しかし、午後の本レースは「木っ端微塵」と言ってよいほど、前半のうちにボロボロとメイン集団から脱落し、最後の1名もパンクで中盤に脱落してしまいました(メイン集団から1分遅れると足切りのルールだったため、パンク修理で止まってしまうともう無理でした)。

また9月12~13日の全日本学生トラック大会は、雨天のため競技種目の大幅変更などありましたが、4kmで1年・川野選手が5位入賞、また2年ぶりに臨んだマディソン(2名1組で交互にリレーしながら走る五輪種目)は3年・纐纈と1年・西村の新規ペアが決勝進出と、当校としてはまずまずの戦績となりました。

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全日本学生個人ロードレース(決勝に最後まで残った1年・西村)

3月~8月の間、個々人がやや控えめながらもコツコツと練習を継続して来た結果、当校としてはコロナ前の実力、あるいは今季春先の乗り込みや新鋭1年生の加入によってコロナ前よりもプラスアルファされた走力が得られていると思います。
ただしこれは、他校がまだコロナ影響を引きずっており相対的に踏ん張っているに過ぎない可能性もあります。

10月には、インカレ・・・と今年は称せないこととなりその代替大会が開催されますが、それまでのあと1ヶ月で、他校もこれまでの遅れを取り戻すべく、急ピッチでチームを仕上げて来るでしょう。その時になお当校が存在感を示せるかどうか。部員諸君の一層の奮起に期待したいと思います。
また、10月下旬以降に予定されている新人戦・六大学戦・早慶戦といった試合も、レース数が大幅に減少したこのシーズンにおいて、例年以上に一戦一戦を大切に、全力を投入して成長機会として欲しいと考えています。

(2020/9/14)

参考:2月末~8月末の経緯備忘録

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