総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

インカレ2021 トラック総括

東京五輪の余韻がまだ冷めやらぬ8月13日(金)から3日間、国内学生選手にとって年間最大の目標レースとなる全日本大学対抗選手権(インカレ)のトラック競技が、長野県松本市・美鈴湖自転車競技場で開催された。
昨年度は新型コロナウイルスの影響で「代替大会」として縮小を余儀なくされた本大会。足元では感染拡大の勢いがむしろ増している中で、従来以上に厳しい対策を取りつつも、今年度はほぼ例年通りの時期・期間・種目数で開催された。
また、昨年に続き今年も天候には恵まれず、この期間に九州~中国地方で大きな被害をもたらした線状降水帯が長野県にもかかり、3日間とも豪雨と言って良い状況。最高気温も松本市内でさえ20℃程度だったというから、標高がさらに400mほど高い美鈴湖競技場ではさらに2~3℃低かったものと思われた。ただし風がほとんどなかったことは幸いで、バンク上に雨水が時折川のように流れる中、競走系種目も含め全て予定通り実施された。

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霧に包まれるバンク、走路には時折川のように雨水が流れる

今季の我が慶應義塾体育会自転車競技部は、昨季からさらなる戦力増強に努め、決して多くない選手数ながらも、今大会では全種目にエントリーして臨んだ。これは、僕が本格的に大学チームを見始めた2012シーズン以降で初めてのことで、10年かかってようやく各種目の出場基準タイムを全体としてクリアし、またタンデムにも再度取り組めるところまでチーム力が戻って来たことになる。
今回は、この3日間のトラック競技における当校戦績を振り返り、来季に向けた課題を整理しておきたい。

<目次>
 ● 団体種目
 ・4kmチームパーシュート
 ・チームスプリント
 ● 個人中距離種目
 ・4kmインディヴィデュアルパーシュート
 ・オムニアム
 ・マディソン
 ● 個人短距離種目
 ・スプリント
 ・1kmタイムトライアル
 ・ケイリン
 ・タンデムスプリント
 ● ロードレースに向けて

団体種目

4kmチームパーシュート

当校結果:7位入賞 4分23秒265
(優勝校 日本大学:4分06秒655)

今季改めてチーム目標の1つに掲げた「インカレトラック団体種目入賞」を実現するための重要な種目であった。
本大会に、ロードスプリンターでトラックでも実績のある川野(経2)を欠いた当校であったが、4km個人でも入賞する佐藤岳(政2)をはじめ、纐纈(商4)・小原(理工3)・西村(経2)のいずれも中距離適性ある4名がぎりぎりまで試行錯誤を重ね、当日はここ一番の集中力を発揮し各自の役割を十二分に果たしてくれた。今回のタイムは当校としては新記録で、2016年インカレで出した4分24秒(小野健・畑・宮本隆・大前)を5年ぶりに塗り替えた。

下図は、2016年から今回までの、インカレ優勝タイムと当校タイムの推移をグラフ化したものである。

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インカレTP 優勝タイム・当校タイム推移(2016-2021)

優勝校も当校も、それぞれ今大会でぐっとタイムを縮めたことが見て取れる。前述した悪天候下であったことも考慮すれば、高く評価されて良いだろう。今回は優勝した日本大学(4分06秒)に加え、2位中央大学と3位朝日大学がいずれも4分8秒の学連新記録を叩き出した。
また5年間のスパンで見ると、伊豆の室内・板張りバンクで行われた大会と、屋外・豪雨下での今大会を単純比較は出来ないが、それでもなお優勝タイムはこの5年間で6秒以上短縮された。それに比べれば、当校はようやく5年前のレベルに戻したという水準であり、彼我の差は5年前の約11秒から今年の約17秒へ、むしろ拡大してしまっている。

今回、有力校の欠場や空中分解などもあって7位入賞という結果が我々に転がり込んで来た。もちろんそれも実力のうちであるから胸を張って良いが、競合他校が全て本来のパフォーマンスを出したとしてなお、その中に割って入る実力を備えておく必要がある。それは今大会で言えば、4分13~14秒ゾーンの戦いであろう。
優勝した日大と当校との平均速度差は、約3.7km/h(58.4km/h ⇔ 54.7km/h)。これは、今回の当校平均回転数(約110rpm)を変えないとすれば、フロントギアで実に3枚分に相当する。当校も今回の入賞を糧にますます目線を上げて、さらなる高速域への順応や、車間・交代の技術向上などにチャレンジしていく必要があるし、その余地はまだ十分にある。

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雨中疾走する当校チーム
(前から佐藤岳・纐纈・小原・西村、タイム読みは芳賀マネ)

チームスプリント

当校結果:11位 1分05秒653
(優勝校 中央大学:1分00秒292)

「インカレ団体種目入賞」の年度目標に向けたもう一つの重要種目であり、前日のチームパーシュート入賞の勢いを駆って、あわよくばこちらもと意気込んで臨んだ。しかし結果は、多賀谷(理工3・副将)・杉岡(経3)・纐纈(商4)の出場3選手をはじめ我々としては不本意なものとなり、涙を呑んだ。

下表は、昨年の代替大会と今回大会とにおける、当校チームスプリントの半周(167m)毎のラップタイムである。また参考までに今回優勝校のものも付記した。(いずれも手元計時=公式タイムとは異なる)

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TSP ラップタイム(いずれも手元計時ベース)

昨年から今年にかけて、合計タイムは残念ながら進歩なく、むしろ若干落としてしまっているほどだ。各ラップを比較すると、最後の1周(=第3走者)の低下に目がいくが、これは今回、短距離主力選手を1名ケガで欠き急遽中距離選手を入れたことによるもので、想定の範囲内。むしろ作戦としては、1走・2走でもっとラップを稼ぐ想定であったが、これが叶わなかった。

この数ヶ月間、スタート半周、その返し半周、2周目、とプロセスを細分化しながら強化を図り、パーツパーツでは良い感触を得られてもいたようだ。ただし3走まで通してベストな状態を繰り返し再現できるところまで練習し切れたかについては課題を残したと言えよう。
また、昨年と全く同じ指摘を繰り返すことになるが、上位校とのラップタイムの差=絶対スピード水準の違いは引き続き埋まっていない。①身体の使い方・スキル、②脚の動作速度、③ギアを踏み切る筋力、の3点を強化するに尽きるわけで、短距離陣については来季に向けて好感触を掴むためにも、秋の六大学戦や早慶戦などをターゲットとして、休まず強化に取り組んでもらいたい。

個人中距離種目

4kmインディヴィデュアルパーシュート

当校結果:7位入賞 4分36秒002
(優勝タイム:4分28秒286)

6月末の全日本学生トラック(個人戦)で7位入賞していた佐藤岳(政2)が、今大会でさらにタイムを上げ、個人入賞を果たした。5月初旬時点では4分47秒であったものが、6月末に4分42秒、そして今回4分36秒と、走るたびに自己ベストを出し続けている。今回のタイムは、2015年インカレで2位(池邊)となった際の4分39秒を上回る当校新記録となった。

高校時代にほとんどトラック競技経験のない選手なこともあり、今年のこの成長率からすればまだまだ上昇余地があるものと考えている。本種目の優勝戦線は今年で言えば4分28秒台であり、1周当たり約0.7秒。そう言うと高いハードルのようにも思うが、ギアと回転数を計算してみればこれはフロントギア1枚程度の差に過ぎず、あとひと息とも言える。
高い身体能力のみならず、目標に向けた正しい道筋を外さず実行する能力が彼の長所。チームパーシュート強化にとっても不可欠なプロセスとして、来季4分30秒切りを目指して欲しい。

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佐藤岳のためにずぶ濡れでタイムを読む平田マネ
オムニアム

当校結果:決勝進出、15位(44ポイント)
(優勝選手得点:108ポイント)

昨年当校・川野が6位入賞したこの種目に、今年はその同期の西村が挑んだ。
予選では前半に有力選手が仕掛けたタイミングを逃さず、大きく2つに分かれた集団の前者に加わることに成功し、余力を残して決勝進出することが出来た。
しかし決勝になると、さすが各校の超エース級ばかりが揃う中、胸を借りる展開となった。最初のスクラッチでは18名中10位と最低限のポジションを確保したが、続くテンポでは点を取りに行くも取れずそこで脚を使って集団から千切れた。エリミネーションでは集団後方で毎回差しを狙うポジションを取るが、いかんせん巡航速度が高く前半でドロップ。最後のポイントレースでは何度か積極的にチャレンジした局面があったが、1回3点を取るに留まった。

総じて言えば、①テンポやエリミネーションで前方に張り続けられる高速巡航能力、②ポイントレース等でモガキに行っても捲られないトップスピード、の双方にさらなる強化が求められた。そのためには、まだ線の細い身体をもう一段逞しくする必要もあるだろう。そしてそれは、オムニアムだけでなくチームパーシュートやロードTTにも、ひいてはロードレースにさえも、資するものとなるだろう。

マディソン

当校結果:DNF

30km/90周で行われた本種目に、昨年からペアを組んでいる纐纈・西村組で臨んだ。しかし1回目のポイントで狙いに行き2点を獲得するも、その後の高速展開に全く歯が立たず、前半で2ラップされそうになるところで競走除外となった。

監督自身の反省として言うならば、慶應ジャージを着用してこのようなレースをするくらいであれば、エントリーすべきでなかったかもしれない。今季これまでも数回、学連TRSなどでマディソンには出場して来たが、交代技術やスピードにまだまだ拙い部分があり、しっかりとレースに絡む展開が出来たレースは残念ながらなかった。それでも当校として経験を重ねるべき種目と位置付けて本大会にも出場したわけだが、果たしてノウハウを蓄積するほど走れたかどうかさえ定かではなかった。

レース自体は非常に見応えのあるレベルの高いものであったがゆえに、そこへ当校もしっかり加わり戦いたいものである。そのためには「高い心肺機能、高強度反復能力、トップスピードの絶対値」を具備した選手が「2名」必要となる。特別選抜・推薦制度を持たない当校にとってなかなか難易度の高いお題ではあるが、まだ2年生の西村は高強度反復能力を中心に適性があるし、加えてチーム内で挑戦者が出て来てくれることを願う。
むしろ、現時点では1ペアしか出場権がないために、本種目での部内競争環境が出来ていないことも課題。複数チームがインカレまでの間で走力・技術を切磋琢磨していけば、可能性が拓けていくのではないだろうか。

個人短距離種目

スプリント

当校結果:予選22位 11秒087 /200m
(予選1位タイム:10秒290)

1kmタイムトライアル

当校結果:21位 1分09秒401
(優勝タイム:1分01秒503)

両種目とも、当校短距離班長の杉岡(経3)が挑んだが、いずれも自己ベストにさえ及ばない結果となった。元々持ちタイムからして、目標は自己ベスト更新(及び当校記録更新)であっただけに残念だった。

主たる目標をチームスプリントに置いていたこともあって、この個人2種目について必ずしも集中的・専門的なトレーニングが十分な状況ではなかったかもしれない。ただし一方で、この個人2種目の持ちタイムがチームスプリントの基礎になるとも言えるわけで、どんなにフォーカスしていなくとも、最低限200mで10秒台後半、1kmで1分7秒台以下、はルーティンで出せる再現性を具備する必要がある。

課題は多いが、それらを一つひとつ分解してコツコツ対策して来たこれまでの努力は認められている。それでもなお、短距離陣全体として、レジスタンストレーニングの網羅性は十分か、固定トレーナーだけでなく実走量は取れているか、バンク練習のメニューに甘さはないか、身体の声を聴けているか、等を客観的に振り返り、改善していく必要がある。それらは我々の伸びしろであり、まだまだ期待出来るところと考えている。

ケイリン

当校結果:11位(準決勝敗退、7-12位決定戦にて5位)

副将の多賀谷(理工3)は、高校で主将を務めたほどのラグビーを捨て、「ケイリンを走りたい」がために自転車競技に転向して来た逸材である。その彼が満を持して今回正選手として臨んだが、インカレという舞台はまだ高いところにあった。

予選、敗者復活戦、準決勝のいずれも、同組選手を良く研究し、レース中も展開を冷静に見極めながら、概ね良いポジションで展開は出来ていた。
問題はそこから先、ラスト1周~半周の勝負どころでさらに一段伸びていくことが出来ず、むしろぎりぎりへばりつくか離されながらゴールという結果が多かった。敗者復活戦から勝ち上がった際にしても、先行の強い他校選手に引っ張られる形で後続が勝手にいなくなった展開であり、自力で切り拓いたとは言えなかった。

本人も十分理解しているように、基本的には持ちタイムの差が素直に現れたものと言えよう。決勝の上がりタイムが10秒29の世界で戦える絶対走力をまずは具備する必要がある。
一方で、200mでまがりなりにも10秒台を出している選手としては、展開次第で本来もう少しいけるようにも思われる。単純な持ちタイムだけでなく、スタンディングで飛びつく加速力・弾力性、シッティングで捲り/差していくための腸腰筋をフル動員した回転力の上限値、といった身体の使い方を含めたライディングスキル向上によっても、よりレースを楽しめるようになるのではないだろうか。

日本に「競輪」があるがゆえに、国内のトラック短距離はプロ志向の強豪選手が多く、その中にチャレンジしていくのは当校としては中長距離以上にハードルが高い。しかしそこへあえて多賀谷や杉岡らが挑戦していくこと自体は評価し得るものと考えている。是非残り1年でさらに自己に厳しく研鑽し、その成果を後輩達に誇示してもらいたい。

タンデムスプリント

当校結果:予選9位 18秒927 /333m
(予選1位タイム:16秒952)

近年はタンデムにまで選手の回らない当校であったが、2014年(堀田・小野健ペア)以来久々に、多賀谷(理工3)・内田(経3)ペアが今季初頭からモチベーション高く取り組んでくれていた。
しかし、5月下旬に内田が練習中の大落車で1ヶ月以上の離脱を余儀なくされ、本大会には残念ながら「出るだけ」となってしまった。まだ復調には遠く及ばないヒョロヒョロの身体でタンデム後席に座るのはさすがに厳しいと言わざるを得ない。

また仮にそのアクシデントがなかったとして、どこまで勝負出来ていたか。5月初旬の記録会での当校333mタイムは18秒585。それに対し今回の8位通過タイムは18秒2、また事実上勝負に絡むためには6チームまでが出している17秒6以内が必要だった。この約1.0秒を埋めるためには、タンデム上での練習量・技術面もさることながら、やはり個々の力量の底上げが必要だろう。

タンデムスプリントは、インカレ総合入賞を目指すチームならみなここでの対校得点を落とせない種目。世界的にはいわば風前の灯であり学連においても存続是非が話題に上ったりもするが、逆にそのユニーク性は人生の中で大きな経験になる(タンデムに乗っていたOBはいつになってもその話をしがち・・・そのくらい強いインパクトを与える競技だということであろう)。当校としては学連で試合のある限り、今後も継続していきたい種目である。

ロードレースに向けて

トラック競技3日間が終了したところで、総合対校得点では1位・中央大学が93点、2位・日本大学が76点、3位・朝日大学が46点となった。次週のロードレースでは、日大が逆転を懸けて前半から戦略的に仕掛けて来るものと思われ、また上位2校の戦いの間隙を突いて、ロードに特化した各校選手の積極的な動きも想定される。

慶應義塾は2種目の入賞で合計5点・総合9位ということであるが、ロードレースでも是非一矢報いる走りをしたい。年頭のチーム目標の一つに定めた「インカレロードでの入賞者輩出」は、あくまでチーム全員で掲げたものであり、川野がいないからといって取り下げるものではない。東京五輪で改めて目撃したように、攻めは最大の防御。陸の王者慶應の健闘を期待する。

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トラック最終日 集合写真(2枚の賞状とともに)

(2021/8/19)