総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

インカレ2021 ロード総括

去る8月22日(日)に群馬CSC6kmサーキットコースで開催された、2021年インカレ男子ロードレース。今年もまた、当校は完走者を出すことが出来ず、部員諸君は悔し涙を流していた。
中長距離メンバーはトラック種目もさることながら、やはりロードレースへの想いが強く、この日に向けて積み重ねて来た努力とその結果とのギャップに、感情のこみ上げて来ることは良く分かる。毎試合後にマネージャーから部長先生やOB・OG向けに発信される結果報告メールでも、今回のレターには半ばやけくそ気味?に「DNF」の文字が並べられていて、出走選手だけでなくチーム全体が落胆の雲に覆われている様子が感じ取れた。

けれど、総監督としての僕からすれば、客観的には当日の我々のコンディション下で100%の力を発揮してくれたと思っている。それは決して現役諸君の力量を見くびったり過小評価しているわけではない。毎年少しずつだがレース内容は改善されて来ていて、今後に期待の持てる走りがあり、まだ足りない部分もかなり明確に見えている。インカレロードという山の標高が、我々の思っているよりもまだ高いところにあった、ということだ。
だから、我々はこの結果を踏まえてなお前を向き、さらに一段高いところに視線を向けて、今回直面したギャップを埋めていく必要がある。来月となった全日本学生ロードや10月にリスケされた全日本ロード、そして来季に向けてと、目標は幸いまだ十分にある。

<目次>
 ● レース展開
 ● 評価される点
 ● 反省・課題
 ● 目標設定について

レース展開

早朝からの降雨や霧、午後の雷雨予報を踏まえて、群馬CSC6km×30周=180kmだった当初予定は、試合直前に25周=150kmへ短縮された。このレースに向けた事前の乗り込み量に必ずしも自信を持ち切れなかった当校にとっては、どちらかと言えば朗報ではあった。

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男子ロードレース 150kmにスタートしていく集団

レースの進行模様については色々なメディアや個人から発信されているようなので詳報はしないが、トラック終了時点で対抗得点2位(1位中央大学と17点差)、ロードでの大逆転を目指す日本大学による圧倒的なレースコントロールが強く印象に残るものだった。

最初の勝負所は序盤2周目。中央大学のエース・山本選手及び馬越選手が、何らかのトラブル(機材関連だったようだ)で集団から大きく後退。それを認識した日大が一気に集団を引き最大の競争相手から2枚の看板を降ろさせることに成功した。このタイミングで集団のラップタイムは一時8分台前半まで上がり、こぼれ落ちる選手が早くも発生した。
次の展開は5周目。日大・中央・鹿屋・日体・愛媛、そして慶應からも西村(経2)が乗った計7名の逃げ(鹿屋が2名)が形成され、集団に最大で1分近くの差を付けた。この逃げは5周ほど続いたが、日大が1分以上にはさせまいと集団のペースを上げ、吸収された。
その後も同様に散発的な数名規模の逃げが終盤まで何度か試みられるも、その都度1分以上にはならず日大の引く集団に吸収されることが繰り返された。そのたび毎のペースアップで選手達の脚はじわじわ削られ、当校選手も一人またひとりと集団から千切れ、タイムアウトとなっていった。

120kmを越えた辺りからは有力選手も含めて消耗戦の様相となり、最終的に残り2~3周の時点で、14名の第1集団と15名の第2集団の2つに集約された。この計29名が本レースの完走者となった(出走126名、完走率23%)。当校では西村が最後まで粘っていたものの、この第2集団に残る手前で力尽き、3周を残して全員がリタイアとなった。
レースはその第1集団によるスプリント勝負となり、京都産業大学の選手が一番にゴールラインを切った。そして2位・3位・10位に入賞者を出した日大が、完走者なしとなった中大を対抗得点で見事逆転し、3年ぶりにインカレ総合王者となった。

レースの詳細については例えば以下の専門サイトに詳しいので、必要に応じ参照されたい。

インカレロード男子は京産大・谷内健太 女子は鹿屋・石上夢乃が優勝 - 第76回全日本大学対抗選手権自転車競技大会・ロードレース | cyclowired

京都産業大学・谷内健太がインカレロード初優勝!大学対抗は逆転で日本大学が制す | BiCYCLE CLUB

評価される点

今回のレースで当校の評価出来る点としては、まず西村が前半から積極的に動いて逃げに乗った点だろう。従前からどちらかと言えば慎重派で遠慮がちなタイプの彼が、大学進学して以降様々なレースを経験し、徐々に(ようやく?)攻める走りが出来つつあることは収穫だった。
レース展開から言えば、まだ残り距離120kmもあることや、メンバー的にエース級が入っているわけでもなかったので、いずれ吸収される逃げではあった。それでもなお、単に集団の中にいて完走だけを目指すというよりも、まだ2年生の西村にとってはより今後につながる経験になると考え見守った。東京五輪ロードレースでも見られたように、積極的な走りをしているところへ勝負の神は振り向くもので、タラレバにはなるがあの逃げが前待ちの形となって人数を絞らせる可能性もあった。
また、逃げながらもその段階ではまだ脚を十分残しておく必要があったが、西村はそこも心得ており、吸収後の中盤以降の展開にも(終盤までは)しっかり対応出来ていた。次からは、逃げに乗ったということだけで評価される段階を越え、本当の勝負所でしっかり動ける選手へと進化していくことだろう。

計6名が出走した当校のその他の選手では、西村の次に長く残ったのが吉田直(商3)。ロード一本鎗でチーム内でも三本の指に入る練習量の努力家は、ペースアップで集団から千切れそうになっても緩んだ時に追い付く粘り強い走りで、後半まで残っていた。3年ながらまだまだ粗削りで成長余地は十分あるので、コツコツ型の生真面目さはそのままに、視野の広さと柔軟性をプラスして、自身の可能性を開拓して欲しいと思う。

最後のインカレとなる石井(文4)と佐藤尚(理工4)、トラックのチームパーシュート入賞に貢献した小原(理工3)、個人パーシュートでも入賞した佐藤岳(政2)の各選手は、それぞれに就職活動、理工学部の学業、トラックへの注力度合、レース直前での落車事故、といった制約のある中でこの日のベストは出せていたと思うので、今回のリザルトはあえて誤解を恐れずに言えば妥当な範囲であり、精一杯やってくれたと受け止めている。
我々の実力ベースからすれば、シーズン前から十分な準備を重ね、当日の体調その他も全て万全とした上で、さて果たして勝負に残れるか、というのが現状だ。いみじくも試合後のミーティングで次期副将の佐藤岳が「自分達はまだまだ弱いな。」とコメントしていた通り、何か一つでも欠ければ直ちに土俵を降りざるを得ない。それを改めて認識出来たこと、それを今後の糧にしようとしていることは、むしろ収穫だったと考えている。

加えて、インカレロードの1校当り出場枠を部内で争うまで全体的なレベルアップを実現し、単に「自分、クラス2なんで出られるから出るよ」という不相応なエントリーを撲滅することが出来たのは、現在の四年生をはじめこの数年の部員諸君の努力によるものと評価されよう。今回のインカレは1校当り出場枠が例年の8名から6名(一部上位校は7名)へ、コロナ対応で縮小されたこともあるが、今年の物差しをこれからも部内で維持し、仮に来年以降出場枠数が元に戻ったとしても、「枠を無理に埋める必要はない、戦う準備の出来ている者だけが慶應の代表として出場する」という方針は堅持してもらいたい。

反省・課題

既に各選手が振り返りを練習ブログで記してくれている通り、直前約1ヶ月間の練習がトラック(殊にチームパーシュート)に偏重し、ロード練習量がおろそかになっていたようだ。総監督としてもこの点にもっと早い段階で気付き、警鐘を鳴らすべきだったと反省している。
当校のような選手層(の薄さ)では、トラック中距離とロードを兼ねる必要性が高いので、特にインカレに向けてそれを両立する練習の組み立ては重要だ。さらに言えば、インカレ直前でそれを必要以上に気にしなくて済むよう、日頃から両方の力を均等に強化し、トラック団体種目のチーム作りも5月の東日本学生選手権の時期にはそれなりに出来ている、といった具合にすべきだろう(これは今年に限らず昔から言っていることなのだが、結局いつも出来ない)。
また、ロード選手であれば、練習量の減少は本来気になって仕方ないはずで、180kmのレースを控えているとしたらなおさらのこと。仮にトラックの仕上げが重要だとしても、例えば午前中はトラック、午後はロード、といった組み立ては考えられたのではないか。その分、トラック練習の1本1本の密度や集中力を上げて、いつまで経っても先頭交代が・・・とかのんびり言っていたところをもっと短縮出来た可能性はなかっただろうか。

さらに、量だけではなく質についても、一段と向上させる必要がある。今回で言えば、西村が最後まで戦える脚を残すためには、日頃からもう一段高いレベルでの走り ー 同じ登りをもう1枚重いギアで回す、あと10%高いワットを出し続ける、出来るだけノンストップで長時間高速域を維持する、といった ー を積み重ねておく必要がある。
実際には部内だけでその環境を維持するのも限界があるので(それでも現在は切磋琢磨環境にだいぶ恵まれているとは思うが)、意識の高い他チーム選手との合同練習や、学連外レースへの出場機会創出などをより積極的に検討してはどうだろう。

加えて、トラック競技にほとんど取り組まず”ロード専業”として来た選手には、特にこの群馬CSCというコースを念頭に、今更だが改めてトラックをトレーニングだけでもいいから導入する必要性を考えて欲しい。単に登りをガシガシ踏むだけで勝負が決するようなコースならさておき、下りを含むスピード、集団内での位置取り、流れの中で適切に休み脚を残すメリハリ、といった要素はトラックで大いに養われる点だ。あるいは、自転車の効率的な進め方や身体の使い方といった我々の継続課題に対して、シクロクロスMTBといったオフロード系を経験するのも良いだろう。
もちろん、経済的観点や物理的制約もあると思うが、ロードを踏んでいるだけでは壁に突き当たっているのも事実なので、可能な範囲で再考してみて欲しい。それらは個人単位やホビーレベルではなかなか難しい一方、大学チームに所属しているからこそ比較的容易に取り組めるはずでもあるからだ。

目標設定について

試合後のミーティングにおいて、ある四年生から「今回のレースに向けた目標設定に甘い部分があったのではないか。どのような目標設定が望ましいか助言が欲しい。」とのコメントがあった。「目標設定」に関してはそれだけでかなりの議論が可能な深遠な問題なので、本来は単独テーマとしてきちんと整理する必要があるが、ここで少しだけ触れておこう。

スポーツにおける目標設定の手法については世の中に多くの情報が出ているので、探せば色々な考え方に接することが可能だろうが、おそらく大抵はこのようなことだ:

  • 現在の力の110%(1割増し)程度の水準が最も高い動機付けとなる
  • 達成できるかどうか五分五分くらい、と思う水準に設定するのが良い
  • 到達したい最終ゴールを設定し、そこから逆算でいつまでに何を、と設定していく

これらは学術的に実証されたものもあれば、経験則的なものもあるが、総じて実効的で納得性のあるものと言えるだろう。大学生アスリートともなれば、「そんなこと知ってますよ」という程度かもしれない。

肝となるのは、「現在の力の認識」「五分五分の感覚」「最終ゴールの置き方」が個人によって実に様々であることだ。自身を過小評価しがちな者、過大評価しがちな者、なまじ素質に恵まれているがゆえに容易な目標に甘んじる者、達成するつもりもないのに表面上取り繕って小綺麗な目標を並べる者、などが混在している。
若い選手を百人単位で見て来ると大体どのタイプか判別出来るようになるので、それぞれに応じて目標設定を上下に修正したり追加したり、どの程度本気かを確かめたり、本気にさせるために具体的行動を一緒に考えたり、といったことを、僕は主に年末年始の個人面談で各部員と会話するようにしている。

今回のレースに関して言えば、我がチームとしての年間目標のひとつに「インカレロードでの入賞者輩出」を掲げていた。その筆頭候補であった川野(経2)を直前に欠くこととなった当校ではあったが、部員諸君の士気を維持・向上すべく、総監督としては「チームとしてあくまで実現するぞ!」というメッセージを出さざるを得なかった。
しかしこれは、100km超の本格的ロードレースでの”完走経験”さえわずかしか持たない当校メンバーにとって、冷静に見れば少々乱暴な設定であったかもしれない。そうなると、出走選手一人ひとりはどのような行動に流れるかと言えば、

①あくまでチーム目標を維持した結果、挫折感が残る
②チーム目標とは乖離したところで自身なりの内なる目標を別途定める
③それ無理だよといってモチベーションが低下し、特段目標なくスタートしていく

といったことになる。今回は③のパターンはいなかったと思うが、①や②のどちらかになっていた可能性はある。年度目標はチーム全体をひとつのベクトルにまとめ日々の練習を動機付けるために必要不可欠であるが、実際の対象レースが目前となったタイミングでどのように個々のモチベーションを刺激するかは、総合的見地から丁寧な対処をしておくべきだったかもしれない。

個人個人で目標設定の水準感は多様になるとしても、最終的に学生スポーツにおける「目標設定の目標」は、「その達成/未達成を通じて各個人が自身の成長を感じられ、自己効力感・成功体験を持って社会に出ていくこと」だと僕は考えている。
外資投資銀行をはじめ多くの一流企業が、何でもいいから「日本一」になった人材を採用したがるのは、人一倍の努力を通じて得られた自己肯定感や目線の高さ、努力すればどんな仕事でもきっと完遂出来るという自己効力感、そうしたマインドセットを必要としているからだ。
これが「まあこのくらいで自分としては頑張った」とか、「要領良く立ち回って社内上位の成績ならいいだろう」とかいう目線の低い社員が増えて来ると、企業競争力が確実に劣化していく。それを恐れているからだ。

学生時代の、アスリートとしての目標設定は、誰のためでもなく自分自身との約束だ。だから自分に嘘をつくことなく、真にこうなりたいと望むことを書き出したら良い。達成出来なかったら恥ずかしいとか傷付くとかいう心配は無用。成り行きで小器用にやっていれば達成出来るような低い目標も意味がない。
ちょうど今年の例で言えば”チームパーシュート入賞”のように、背伸びして届くかどうかという目標に果敢に取り組み、ぎりぎりで達成する。そんな経験が人間を成長させ、自信を生み、さらなる飛躍を目指させる。従って、目標設定は成長のスタートラインに立つということであって、そこに向けて実際にどのような行動をしたのか、やり切ったのか、が最も重要な点である。

僕は今でも会社の新卒採用面接を時々頼まれるが、いまだに学生の8割方(←印象です)が「居酒屋のバイトのサブリーダー」。彼らには残念だがそのような内発的目標設定もなければ成功体験もない(もちろん無理して何らかひねり出しては来るが、ひどく浅い)。
決して就職活動のために競技をしているわけではないが、将来に向けた人間としての器を拡げるために、ぎりぎりの大きな目標を掲げ、それに向けた努力プロセスを自ら立案し、歩んで欲しいと願っている。

若干脱線気味となったが、今シーズンはインカレまでで終了したわけではもちろんない。ただでさえコロナ影響でレース機会が減少している現在。これから秋シーズンに向けても学連関係各位の尽力によっていくつかの試合が組まれており、また六大学戦・早慶戦のようなOB・OGや現役諸君による自主運営大会も実現の方向だ。チャレンジャーたる我々は、これら一つひとつを今季・来季目標に向けた成長機会と位置付けて、果敢に挑戦していきたいと考えている。

(2021/8/31)