総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

いまどきの自転車部員の就活事情 【前編】

2月初旬で大学の期末試験も晴れて(中には雨の人もいますが)終了し、自転車競技部員達はコロナ対策に十分留意しつつ、春のシーズンインに向けた乗り込み時期に突入したところです。昨日(2/13)には学連の今年初レースが埼玉県・川島町で開催され、当校・山田(政1)がゴールスプリントで見事3位に入賞し、幸先の良い今季スタートとなりました。

同時に、現在の大学三年生(4月から四年生になる代)にとっては、就職活動が本格化して来る時期でもあります。学生スポーツと就職活動は切っても切れない関係にあり、指導者側も一定の見識をもって対応しなければならないテーマです。
今回は、昨今の当部部員の就活状況と、今後の向き合い方(これは現役部員のみならずOB/OGも)について、2回に分けて書いておきたいと思います。

<目次>
 ● 自転車部員の進路は?
 ● 就活と部活の両立は出来ているのか?
 ● 実際、就活は厳しいのか? [後編で]
 ● これからの学生の就職観とOB/OGの役割 [後編で]

自転車部員の進路は?

国内の学生自転車競技選手の多くは、高校生までに相当実力を付け選抜されて各校へ入学・入部しています。大学卒業後の進路は、競輪やロードプロ・実業団・クラブチームで引き続き走る選手が珍しくなく、加えて故郷で教員になったり家業を継ぐ者、それらと並んで会社員になる者もいる、という感じではないでしょうか。そうした中で、ほぼ全ての部員がサラリーマンとして就職していく当部はある種珍しい存在かもしれません。

2013年3月卒業の代(僕が大学チームを見始めた頃の最初の卒業生)から、今年3月に卒業する代までの10年間・計56名の就職先(卒業後1社目ベース)を業種で分類したものが下図です。比較のため慶應義塾全体(不明・未報告等を除く約6,800名)の構成比と並べてあります。

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就職先業種分布 当部10年間及び塾全体2021年実績
(※業種分類は「専門・技術サービス業」→「コンサル」など一部近似業種に読み替え)

全体との比較で見ると、当部は「金融・保険」の構成比がやや多く、「通信・IT」が少ない傾向にあります。お陰さまでと言うべきか、この10年間の卒業生の就職先は、社会人経験のある人なら大体誰でも知っているような「大企業またはそのグループ会社」ばかりです。恐らくこれは当部というより体育会全体の保守的傾向を表していると言って良いと思いますが、「全社会の先導者を輩出する」のが当部ひいては本塾の目的であることに鑑みれば、もう少し「新しい業界」に目を向けても良いのではとも思われます(※私がたまたま情報通信業界にいるから、ではありません)

「コンサル」は近年とみに学生に人気、かつコンサル会社側も新卒をかなりの量で採用している傾向が2021年の全体状況に表れています。当部は過去10年合計なのでやや少なく見えますが、近年は毎年1名程度が進路に選んでいるようです。
また「大学院等」に全体では約2割もの学生が進学していますが、理工学部の学生数比率の差、及び体育会の部から学術・研究志向の人材はやはり相対的に低くなることの表れと考えられます。

就活と部活の両立は出来ているのか?

部の運営上気になるのは、就職活動の負荷と部の練習(及びもちろん学業も)をどう両立させるかという点です。日本は今なお新卒一括採用が中心になっており、その採用スケジュール(学生にとっての就活スケジュール)は過去から様々な議論のあるところですが、2022年現在での概ねの年間スケジュールと、それに自転車競技のシーズンパターンを並べたものが下図です。

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一般的就職活動と自転車競技の年間スケジュール

現状では、就職活動が3月から特に本格化し6月前後の内々定まで緊張状態・繁忙期が続くのが一般的かと思います。業界や企業によっては、この慣行にとらわれずもっと早めの動きをしているところもありますが、当部部員の過去の就職先からすると、ほぼこのくらいのタイミングで動いているようです。
これは丁度、3月頃から試合が入り始め、5月~6月にシーズン前半の主要大会が固まる自転車競技のレースカレンダーに完全にバッティングしています。したがい少なくとも当部では、この時期の四年生を戦力としてはなかなかカウントしづらい状況にあります。

また順調に5月後半~6月にかけて就職先が決まったとして、そこから年間最大のターゲットレースであるインカレ(8月後半~9月初旬)までの準備期間はせいぜい2~2.5ヶ月ほどしかありません。この短期間の付け焼刃で歯が立つほど甘くはないので、いかに三年生の冬~春先にかけて乗り込んで貯金を作っておけるか、が一つのポイントになります。加えて3月~6月の就活最盛期にも時間を捻出して少しでもフィットネスの維持を図れるか。それらをかなりの次元で出来てはじめて、7月以降のインカレに向けた強化水準へ合流することが可能になります。

実際のところ、数年前までの当部は、「事実上、三年次のインカレで選手生命は終わり。四年生は就活最優先で練習には自由参加」といった雰囲気が代によってはあり、悩みの種でした。三年生の夏頃(あるいはそれ以前かもしれません)から企業が実施するインターンに参加しないと、とそわそわし始める学生も少なくなく、本来部を引っ張るべき学年のそのようなマインドが部全体に伝播し、秋季の練習量が全体的にガタっと落ちる傾向さえ見られました。

僕からは「体育会の他の部は皆四年生まで現役をやっているのに、なぜ当部だけ違うの?ならサークルで良いんじゃないの?」とその都度問い掛けていましたが、「先輩がそうだったから」という磁力の強さはなかなか強固なものでした。それに日程感も秋~冬がトップシーズンの部と違うのは事実であり、さらに総監督や自転車競技界が学生諸君の就職の確約や将来の責任を負えるわけでもないので、結果的には彼らの選択に委ねるほかありませんでした。

ただ最近になって、四年生まできっちりやり抜こうという気概のある部員が出て来てくれて、これまでの悪しき慣習を打破してくれたことは、大変頼もしいことです。わずか4年間という短い時間の貴重さ、その中で目指すべき頂点の高さ、そこに向けてまだまだ成長している自身の価値、といったことを、10年かけてやっと部員諸君に理解してもらえるようになったということかもしれません。

大学からこの競技を始める部員も多い当部で、三年生のインカレまでで降りてしまう(=競技歴は事実上2年余り)のと、四年生のシーズン一杯まで完遂する(=同約3年半)のとでは、引退までにたどり着く”標高”が自ずと違って来て、自身の中での自転車競技の位置付けが大きく異なって来ると思います。
もちろん、就活はとても大事です。社会人の第一歩をどう踏み出すかは人生を左右すると思うからです。それを理解した上で、就活と部活をしっかり両立してもらうことを通じ、社会人になって「自転車があったから今の自分がある」と良い意味で感じてくれるような卒業生を、一人でも多く輩出したい。それが当部の将来の支援安定化につながるものと考えています。

ここまでで既にちょっと長くなりましたので、「実際、就活は厳しいのか?」という新卒採用の市場環境と、今後の部員やOB/OGへ期待することについては、次回に続けたいと思います。

(2022/2/14)