総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

いまどきの自転車部員の就活事情【後編】

現在の大学三年生(4月から四年生になる代)の就職活動が本格化して来るこの時期のテーマとして、2回に分けて書いています。その後編です。
前編 では、当部部員がどのような業種に進んでいるのかや、就活と部活動の両立具合(及び両立の意義)について分析・私見を述べました。今回の後編では、実際の新卒採用市場環境についてと、今後の就活がどうなっていくのか、現役諸君や若手OB/OGに期待すること、について書き留めておきたいと思います。

<目次>
 ● 自転車部員の進路は? [前編]
 ● 就活と部活の両立は出来ているのか? [前編]
 ● 実際、就活は厳しいのか? [今回]
 ● これからの学生の就職観とOB/OGの役割 [今回]

実際、就活は厳しいのか?

前編 では、「就活と部活を両立し、四年生のシーズンもしっかり乗って欲しい」という趣旨のことを述べました。恐らく当事者たる大学三年生~四年生諸君も、「そりゃ言われなくたって出来ればそうしたいよ」と思っていることでしょう。とはいえ、自身の就職活動が果たしてどのようなものとなるのか、人生で初体験かつ(新卒としては)一度きりの体験ですから、たとえ先輩達の経験談を聞けたとしても、不安になるのは無理からぬところです。
僕は彼らに対して、「決して油断してはいけないが、諸君はきっと評価されるに違いないから、焦らず堂々と自分らしく就活をすれば良い」とアドバイスしています。理由は以下の通りです。

まず、こうした話で欠かさず登場する、リクルートワークス研究所調査の「大卒求人倍率」(=大学・大学院卒業予定者で民間企業就職を希望する人数に対し、求人総数が何倍あるか)を見ると、下図のようになっています。

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大卒求人倍率の推移
(出典:リクルートワークス調査 2021/4)

2015年~20年3月卒の代までは、約1.6~1.8倍の高水準で推移し、完全な「売り手市場」でした。21年3月卒からは新型コロナの影響を受けた企業側の求人抑制により、約1.5倍に低下しています。ただそれでも、過去の就職氷河期(1993年~2005年頃)やリーマンショック後(2010年~2014年頃)の水準に比べれば依然良好な水準にあります。

加えてリクルートワークス調査によれば、求人抑制は主に従業員数1,000人未満の企業によるもので、21年3月卒における求人減少数の約8割がそれら中小企業のものでした。従業員数1,000人以上の大企業は、22年3月卒から求人数がプラスに転じてもいて、当部部員の就職先の規模感からすれば、全体平均の数字ほど状況は悪くない、ということが推測されます。

また、このグラフ上で、求人倍率や求人総数だけでなく、薄青の棒グラフで示した「民間企業就職希望者数」、つまり学生側の人数にも注目すべきです。少子化が叫ばれて久しいこの日本で、この学生側の就職希望者数は20年以上にわたってほぼ横ばいを維持しています。普通に考えれば奇異なことです。

下図は、文部科学省の「学校基本調査」からそのまま抜き出したものですが、各種学校の在学者数を長期時系列で示しているものです。

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各種教育機関の在学者数の推移
(出典:文部科学省「学校基本調査」令和3年度)

「小学校」の在学者数は長期減少傾向にあり、昭和56年(1981年)の1,192万人から令和3年(2021年)の622万人へほぼ半減しています。単純に6で割ると、1学年当りおよそ200万人→100万人になった計算です。
一方で「大学」(大学院等を含む)は反対に長期増加傾向にあり、同じ期間に182万人から292万人へ約1.6倍となっています。これも単純に4で割ると(大学院生等を含む誤差は無視して)、1学年当りおよそ45万人→73万人です。
小学1年生から大学1年生までの時間差が12年ほどあるので単純比較ではないものの、要するに大学への進学率が顕著に増加しているということです。

加えて、日本私立学校振興・共済事業団の集計(2021年度)によれば、私立大学のうち46%が入学定員割れになっているそうです。生徒人口の母数に対する大学数の過剰、「選ばなければどこかの大学には入れる」という時代になっている。つまり、乱暴に言えば「大学生全体の質が薄まっている/低下している」ということです。

僕自身も、会社で学生採用の面接官にほぼ毎年駆り出されていますが、残念ながらこの「学生の質の低下」は肌身で感じざるを得ません。ほぼ8割方(←感覚です)の学生が「バイトのサブリーダー」に一番力を入れており、「人とコミュニケーションすることが好き」と自己分析した結果、「なので御社を志望しました」というのです。しかもこれは一次面接ではなく最終面接段階での話です。
さらに追い打ちをかけるように、2年前からコロナ禍が訪れ、これから就活に臨む学年は「ガクチカがない問題」(=「学生時代に力を入れたこと」が何も書けない・言えない)に悩んでいるそうです。これは必ずしも彼らのせいと責められませんが、結果として企業側の採用ひいては新人教育のあり方に、一層工夫が必要になることでしょう。

そうした環境下では、自転車競技(というユニークなスポーツ)を体育会で4年間みっちりやって来ました、その過程でどのような努力や学びがありました」という話は、自ずと光って見えるものだと、贔屓目ではなくそう思います。もちろん、そこには確かな中身を伴っている必要があり、流暢でなくとも構わないので自身の言葉で説得力をもって語れる必要はあります。
良く言われる喩えで、「これからは野球型は要らない、サッカー型が欲しい」というのがあります。これは監督のサインのままに動くだけの人材ではなく、自分の頭で考え臨機応変に行動出来る人材、といった意味ですが、だとすれば、自律性を大いに必要とする自転車競技選手は、まさにこれからの企業ニーズに応え得る素養を持っていると言えるでしょう(ただし最低限の協調性も必要です、念のため)。

こうした観点から、この項の冒頭で触れたように、部員諸君には自信を持って就活に臨んでもらいたい。逆に言えば、せっかく価値ある活動をして来たのに、就活中は全然練習出来ていないんですよねとなると、「あれ、この学生は本当に熱心に取り組んで来たのかな」とむしろ懐疑的に受け取られることにもなりかねないでしょう。
もちろん、慢心や油断を助長することになってはいけないし、総監督のせいで内定が取れませんでしたとなってもマズいですし、また就職のために体育会や自転車競技部に入っているわけでは決してありません。
ただいずれにせよ、就活はつまるところそれまで20年余りの人生を映し出す鑑であって、付け焼刃でどうなるものではありません。そこまでの間にいかに自転車競技を(も)通じて充実した大学生活を送り、人間としての器を大きくして来られたか。そこを最も重視すべきだと、これは一年生まで含めて、改めて認識してもらえたらと思います。

これからの学生の就職観とOB/OGの役割

今後将来に向かって、大学生の就職環境にはどのような変化があるでしょうか。僕の思いつくままに並べても、タラレバを含め例えば以下のようなものが言われている、あるいは考えられそうです。

  • 経団連ルールの廃止→政府主導?のルールへの変更
  • 少子化進行による学生人口減→通年採用、早期採用の普及・拡大、グローバル化
  • 国内スタートアップ市場の拡大→大企業から新興企業への就職意向変化
  • ポストコロナにおける企業/個人双方の価値観の変化→お互いの評価軸の変化・多様化
  • ジョブ型採用の導入→新卒時点での専門性具備、ひいては高校生時点でのキャリア教育の必要性

僕はこの辺の専門家ではないので、企業の人事・採用担当者、大学の学生課・就職課の方々、教育界の有識者等に伺えば、さらに具体的な見通しや仮説が得られるでしょう。

これらの想定される変化は、体育会部員にとってメリット/デメリットの双方が色々考えられると思います。
例えば、就活の時期が平準化してもっと部活と両立しやすくなるかもしれません。
あるいは逆に、プロ志向の人材を除いてはもう大学生で本気でスポーツなどやっていられなくなるかもしれません。それは、本塾が今も堅持しているアマチュアリズム、文武両道のモデルをいつまで継続出来るのか、という以前からの議論を再度真剣にしなければならないということです。
また一方で、会社員をやりながらトップレベルのアスリートとしても活躍するような、デュアルキャリア/マルチキャリアという生き方がもっとしやすい世の中になっていきそうにも思われます。

その他色々なシナリオが考えられると思いますが、そうした世の中の変化を感じ取りながら、学生諸君はきっと柔軟にそれらを解釈し、新たな就職観を創り出していくことでしょう。願わくば、学生アスリートが様々な変化を経てなおその価値を増し、現在以上に活躍出来る世の中・仕組みになってくれたらと思います。

また、既に社会人となっている若手OB/OG、あるいは今後社会に出ていく未来のOB/OGには、以下のようなことを期待しています。

  • 上記のような変化を先取りしながら、社会人としても一流を目指すこと
  • 多様・広範なエリアに散らばって、それぞれの世界で「先導者」の役割を担うこと
  • 後輩達の手本・目標となり、また後輩達の育成に貢献すること

体育会というと、タテの強固なつながりから、先輩が後輩を引っ張ってくれて就活などあまりしなくても良い、といったイメージもあるかもしれません。しかし当部においては(良いか悪いかは別として)そのような動きはあまり目立ってはなく、OB/OG訪問で多少世話になることはあっても、現役部員は一般学生とほぼ同じような就活をしていると思います。
ただし、これからいよいよ少子化影響、良い学生の取り合いが鮮明になっていくだろう中で、いわゆる「リファラル採用」の一種としてのタテ採用が見直される可能性は低くないと思います。その時には、是非この少人数だが関係性の濃い当部の伝統(?)を活用してもらえたらと思いますし、先輩後輩が相互に信頼出来る人材の集まりであり続けて欲しいと思っています。

またキャリアの多様性という観点では、近年当部でもいくつかの新しい事例が生まれています。

  • 長らく勤めた外資系証券会社を卒業し、自転車プロショップ経営を開始したOB。
  • 金融機関やコンサル勤務をしながら競輪選手を目指してトレーニングし、昨秋の日本競輪選手養成所の入所試験に合格(=事実上の競輪選手認定)したOB2名。
  • 財閥系不動産会社に勤務しながら、シクロクロスで活躍し世界選手権代表にも選ばれたOG。

あれ、多様性と言いつつ全て自転車に紐づいた話になっている気もしますが笑、ただどれも、終身雇用のサラリーマン人生という観念からはかなり外れたものでしょう。こうしたダイバーシティやフレキシビリティが、これからの時代を指し示すものではないかと思います。
もちろん、誰にでも出来ることではないし、それぞれにリスクを取っての選択でもありますが、このような高いエネルギーを持った人材が続々と誕生することが、当部全体(現役からOB/OG会まで)の体制強化につながると信じています。

自転車競技を通じ、全社会の先導者を育成・輩出する」との運営理念を掲げる当部において、指導者が何で評価されるか。単にチームの競技成績だけではなく、そこから輩出される卒業生達が30歳や40歳の時点でどのような人材になっているのか、といったことがより重要だと考えています。
それは恐らく、その指導者が既に現場から離れて久しいくらいの頃にならないと、評価が定まって来ないということでもあるでしょう。ただそれが、1年1年の戦果勝負にならざるを得ない外部招聘のプロコーチではなく、長期的視点に立てる内部指導体制を採用する意義であると思うのです。
こうした観点から、未来の指導スタッフやOB/OGは、現役部員の就職活動をこれからも温かく見守り、必要に応じ手を差し伸べてもらえたらと思っています。

(2022/2/17)