総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

20年ぶりに公式ジャージをリニューアルした件

体育会の各部にとって、公式ユニフォームは命の次くらいに大切なものでしょう。本塾で言えば、野球部のグレー地に紺色のKEIO文字、蹴球部(ラグビー部)の黒黄縞のタイガージャージ、などは一般スポーツファンにも広く知られたアイコンとなっています。

当部もスクールカラーを採り入れた公式戦出場用のジャージ(自転車競技ではユニフォームという言葉はあまり使わないので、ここではパンツまで含めて”ジャージ”という表現を用います)がありますが、そのデザインを今年、20年ぶりに新調しました。

左:新旧ジャージ揃い踏み(アウトが旧、インが新)
右:新ジャージ正面デザイン

創部120周年だからというわけでもありませんでしたが、昨今様々なメーカーがサイクルウエアに進出し、機能性やデザインが向上していることを背景に、現役部員から要望があったものです。
伝統あるユニフォームについて、現役部員から「デザインを変えたいのですが」と言われたら、監督・コーチはどう対応するでしょうか。昨冬から今春にかけて、当部で実際にあった話と、そのプロセスを通じた「慶應ジャージ」に対する僕の考え方について、書き残しておきたいと思います。

<目次>
 ● そもそも、伝統のジャージを変えて良いものか
 ● 部員に対して僕が伝えた7つのこと
 ● メーカー選定の考え方
 ● 10年後も愛されているジャージとなるか?

そもそも、伝統のジャージを変えて良いものか

我が慶應義塾体育会自転車競技部のジャージは、古くから「白地に紺・赤・紺の三本横縞」というデザインが継承されて来ました。この胸三本線は、バレーボール部や洋弓部などでも採用されている、本塾を端的に表すデザインです。
諸先輩から頂戴した、ジャージの変遷が見て取れる写真を2点載せておきます。

1961年 関東学生選手権(推定)
写真提供:中野 俊夫 OB(中央3名の一番右が中野さん)

1970年代頃以降の歴代ジャージ
写真提供:桶本 均 OB

白黒のものは、1961年の関東学生選手権時と推測されるもので、この時点では既に胸三本線が採用されていたことが分かります。
またハンガーに掛かっている4枚のジャージは、左からウールジャージ、練習用セカンドジャージ(KEIOロゴがない)、1980~90年代の公式ジャージ、2002年以降これまでの公式ジャージです。

2002年の創部100周年時に、肩から袖にかけて三本線を加え、KEIOロゴを太く目立つフォントにし、また制作時期・ロットによってまちまちだった紺と赤の色調を塾指定のものに合わせたのが直近のリニューアルでした。この時のデザインはコーチだった私が担当したのですが、当時の現役諸君とも熟考した結果、やはり胸三本線は変えられないという結論に達したことを覚えています。

前述した野球部や蹴球部のユニフォームを変えるなどと言ったら、その部だけでなく塾関係者全体を揺るがす一大事でしょうし、その他の体育会各部においても、OB/OG会が黙ってはいないでしょう。
それに比べると、自転車競技の世界では、本場・欧州プロチームが(毎年スポンサーが変わるという性質上)毎年デザインを変えることを見慣れているからか、ジャージのデザインを長く守るという文化はやや希薄かもしれません。
日本学生自転車競技連盟には、現在約60校の加盟がありますが、古くからのシンプルなジャージデザインを続けている学校もあれば、華やかなデザインの新興校もあり、様々です。学生諸君からすれば、プロチームばりに何色も使って複雑にデザインされたものがカッコいいと映るのかもしれませんし、一方で新興校の方々からは、「お金や競技力だけでは買えないもの」として、伝統あるジャージの価値を評価する声もあります。

僕は、現役部員からジャージに関する意見の出ることは、チーム運営への主体性の発露、組織と個人の一体感を醸成するものとして、基本的には好ましいものだと思っています。また、ウエアという競技上重要なパーツの技術的進化を積極的に採り入れていく姿勢も大切なことです。単なるOB/OGのノスタルジーだけで、そうしたメリットの追求を妨げてはならないと考えています。
ただし、体育会の部として、その競技における学校の代表として公式戦に出場するチームのジャージですから、その看板が安易にコロコロと変わって良いものでもありません。サークルが毎年お揃いのTシャツを作るのとは訳が違います。また前述した「伝統ジャージの価値」は社会に出てみないと分からないことかもしれません。
ともすると、「その瞬間に在籍する部員の好み」だけでジャージが無責任にいじくられるリスクもある。それを未然に防止しながら、現役諸君がより戦績を上げられるようなジャージ制作を丁寧に行う必要があるでしょう。

部員に対して僕が伝えた7つのこと

上記のような考え方に立って、昨冬、現役諸君からジャージのメーカーとデザインを変えたい、と要望があった時に、僕は次の7つのことを挙げ、これらの点に留意して検討するようお願いしました。

① 部員の大多数の合意をもって進めること。

 全員が同じ経済環境にいるわけではなく、同じ価値観を持つわけでもないので、「一部の金銭的余裕のある部員だけの意見」で「オシャレだが割高なジャージ」を強いられることのないように。

② メーカー変更も可だが、既存メーカーへ説明出来る理由を具備すること。

 長い間、国内大手P社に制作面や価格面でお世話になって来た恩がある。学連初のカラーレーパン導入や、エアロモデルのプロトタイプ共同開発等を行って来た関係性もある。もちろん何ら癒着的なものがあるわけではないので、是々非々で最も好条件な選定を行うことで構わないが、明確な理由なくメーカー切替を行うことは狭い競技界において中長期的に決して好ましいことではない。

③ 必ずサンプルを取り寄せて、生地・縫製・サイズ感等を確認すること。

 これまでもいくつかのメーカーから採用打診があり一定の商談まで行ったこともあったが、実際にモノを見て価格とのバランスを考えると、いずれも採用には至らなかった。多くのウエアを比較した経験は学生だと限られるだろうが、大切な試合を走ることを想定し入念にチェックを。

④ 胸の紺・赤・紺の三本線は変えないこと。

 細部の変更はあり得るが、伝統ある基本アイコンは維持すること(さもなくば、OB/OG会の事前承諾がさすがに必要)。またデザインの最終確定前に仕上がりイメージを僕へ確認すること。

⑤ デザインの再現性やアフターフォロー体制に留意すること。

 かつて、新興メーカーに単発で慶應ジャージをお願いした際、似ても似つかぬものが仕上がって来て試合直前に慌てた経験があった。「一発で思った通り出来てくることはほとんどない」というオーダーウエアの宿命や、海外工場のコントロールの難しさは、経験してみないと分からない。

⑥ 10年単位で長く通用するものとすること。

 ①~⑤までの結果として、現在在籍している部員だけでなく、将来の部員もが誇りに思えるジャージとなり、長く引き継がれ愛されるものとすること。その責任を背負っている自覚の下に企画推進すること。

⑦ 既存デザインのウエアの在庫は、部員で引き取ること。

 これまで慶應ジャージは、原則として僕がメーカーから一括して買い取り、その際に部員からの要望数より若干多めに確保しておいて、落車・破損した際にすぐ予備を出せるよう取り計らっていました(その予備在庫の運転資金分を僕が負担していた)。それを部員の希望で切り替えるとなって、誰も買わなくなり不良在庫化するのは勘弁して欲しい、という意味です。
なお結果として今回以降は、部員各自の完全負担となり、予備在庫はなく、必要な際は部員間で融通してしのぐことになります。部員数も昔からだいぶ増え、ウエア融通の弾力性が一定あるので、予備を持つ必要性も低くなって来たものと思われます。

メーカー選定の考え方

そもそも今回、現役部員からの変更要望は、「国内メーカーから海外メーカーへ変更したい」というのが発端でした。昔のように国内P社一択ではなくなった現在、メーカー間の製品差別化は小さく、ブランドイメージが選手達の選択に最終的な影響を与えているものと見受けます。

もっとも、既存国内製品に不満がゼロだったかと言えばそうでもありません。非常に細かい部分の、例えば袖丈・着丈の長さや、モデルチェンジでのパネル変更に伴うカラーリングの制約、使用される生地の質感、といった点で、選手達が改善したいところはあったようです。
ただしそれらのことは、海外メーカーであっても同じで、それぞれ一長一短や制約条件はあります。今回出来てきた新ジャージを僕の眼で見る限り、使っている生地は違うけれど同水準ではあり、縫製は意外と頑張っていて国産と遜色なし、パッドは正直国産のほうが上だけど座ってしまえば気にならないのかな、袖の長さは思ったより長過ぎたらしい、という感じでした。

それでもなお、「国内メーカーだからこうなんだ、欧州プロも使っている海外メーカーならそんなことはないはず」というブランドイメージが形成されている。要はこの一点に尽きると言って良いでしょう。別にこれは学生達の若気の至りだ、と言うつもりもなくて、国産車のほうが性能/コストが良いと分かっているにも関わらず外車を買う大人と同じことです。それで所有欲・自己満足が得られているなら文句を言う筋合いではない。学生達にとっての試合用ジャージも、少々高くたってそちらを着ることで頑張れる、言い訳がひとつ減る、というのであれば監督としてもそれを止めることではない、と僕は考えています。

また経済条件は単純比較が難しいながら、思ったほど高くはならなかったようで、これまでの国内メーカー価格+α程度で頑張ってくれたようです。ただこれも、最近は半袖1枚2~3万円、パンツ1枚3~4万円といった価格帯のブランド商品が幅を利かせ(それを払う客がいるのだから構わないのですが)、学生達の目が慣らされていることも背景にあるのかもしれません。国内メーカーの良心で数千円の学割をしてくれたところで、それが決定打にはならなくなって来ている。

アパレルの専門家に話を聞いたことがあるのですが、「どれほど生地の開発や風洞実験にお金を掛けているかは知らないが、そうは言ってもこのペラペラの生地をこれっぽっちしか使っていない商品にこの価格は、良い商売ですね~」ということでした。もっとも、普通の洋服と一緒にしないでくれ、とウエアメーカーは仰るのかもしれませんが。

ともあれ、昨今の原材料高騰等が始まる遥か前から、ウエアの価格水準は顕著に上昇して来ました。これが特にジュニア期の参入の壁となり、将来のマーケットサイズを狭めていることになっていないか、メーカー各社にはよく考えて欲しいと思います。
一方で、アジアのネット通販で安価で売られている商品は、これはこれで奨められる品質とは言えません。地味だけど良心的なメーカーが高品質な製品を納得価格で提供し、それを支持する有名チームや世論が出て来てもいい。健全な市場を形成するためには、我々ユーザー側も正しい選択眼を持つことが必要と言えるでしょう。

10年後も愛されているジャージとなるか?

果たして、海外B社の多大なご協力も得て、企画開始から半年を経て新調ジャージが納品されて来ました。7月から順次試合で着用され、選手達の顔を見ている限りは総じて気に入っているようです。
今回デザインの一番のウリは、長い慶應ジャージの歴史の中で恐らく初めて(少なくとも僕が知っている限り初めて)学校名を「漢字で」入れたことです。春合宿で部員達が熟議をした末にたどり着いた案で、デザイン画の段階では皆半信半疑だったようですが、実際出来てくるとどこのチームか非常に分かりやすく、また袖口・パンツ裾に横に入れた三本線ともあいまって、むしろ当校らしい良い意味でクラシカルな雰囲気になったのではないでしょうか。
実際に僕は着用していないので、レースを走っての機能性等はまた選手達の感想を聞いてみたいと思いますが、メーカーの最新モデルを適用しているので、まあ悪かろうはずはないでしょう。

さて、これを引っ提げて挑む9月初旬のインカレ(全日本大学対抗選手権)はどうなるか。少なくとも現役諸君が「ウエアのせい」に出来なくなったということは確かです笑。
カッコいいジャージとは何か。たとえピンク一色、パンツは黒一色だったとしても、常勝軍団のジャージはカッコよく映える。新たなジャージに命を吹き込むのは、それを身に纏って出場する選手の走りに他ならないと言えるでしょう。
そして今年の戦績ばかりでなく、事前に僕がお願いした通り、今後も長くこのジャージが愛され引き継がれ、将来の当校部員もこれを着て活躍しているかどうか。今回リニューアルの評価は、10年後に分かることになるでしょう。

新ジャージでロードレースに臨む選手達
写真提供:松田 真由子 マネージャー

(2022/7/26)