総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

インカレ2022総括:後編 ~ロード戦評と全体まとめ~

9月1日(木)~4日(日)の4日間、鹿児島県で開催された全日本大学対抗選手権(インカレ)の総括後編である。(前編はこちら

<目次>
(前編)
 ● 今年の目標と戦略はこうだった
 ● 現地入りしてからのコロナ騒動で波乱の幕開け
 ● トラックレース戦評
(後編)→今回はこちら
 ● ロードレース戦評
 ● 全体総括と今後に向けて

ロードレース戦評

今回のインカレロードは、錦江町南大隅町にまたがる1周24.2kmを6周=145.2kmで争われた。
錦江町役場前をスタートしてすぐに、約4kmで標高180mを稼ぐ長い登り、平坦基調を挟んで後半は短いが勾配のある登りが数ヶ所あり、根占競技場手前から標高220mを一気に下った後、約6kmの平坦を海岸沿いに走ってスタート/ゴールに戻る。
僕も事前に1周だけ自ら走ったが、総じて道幅があり路面も良く(国道をクローズしてくださる地元に感謝)、ロードレースらしい良いレイアウトという印象だった。後半のダウンヒルはコーナーもあまりキツくないがゆえに、恐らくレースであれば時速80km/hは出そうに思われた。

コースレイアウト(学連 大会要項より引用)

前編末尾で述べた通り、トラック競技で思うように対抗得点を伸ばせなかった当校としては、総合8位入賞という目標のために、このロードレースで「5位以内に2名」のようなウルトラCが必要だった。ただし、最後が平坦スプリント勝負となるこのコースで、最終回の登りをトップ集団でクリア出来れば、スプリント適性のある大前・西村の2名が上位ゴールすることも不可能ではないと考えられた。
それを実現するために、前夜のミーティングでは、それ以外のメンバーが前半に出来るだろう逃げに乗って、大前・西村を集団内で温存出来れば理想的、との戦略を立てた。

トラック競技終了時点の総合争いは、日大と中大が76点で同点1位、朝日と鹿屋が56点で同点3位、京産が46点で5位、という稀に見る接戦であった。インカレロードはこの総合争いのメカニズムが、単なるワンデイレースとは異なる展開をもたらす。日大と中大がお互いを意識し合う間に、我々のような総合下位にあるチームに一矢報いるチャンスが出て来る。

9/4(日)朝8:30にスタートした男子ロードレースを、僕は第2補給地点で見る(というより補給要員として働く)こととなった。レース展開については例えば以下のような外部サイトに詳報があるのでそちらを参照されたい。

2周目に現れた10名ほどの逃げ集団に大前が入っていたのは、事前の戦略と異なるものだったが、それだけ調子が良いのだろうことを窺わせた。また、ある程度脚の揃ったメンバーでの安定した逃げに乗ることで、それを追うメイン集団のスピードのアップダウンに付き合う必要がなかったことも、結果的に有益だったようだ。
その一方、レースが序盤から活発に動き続ける中でメイン集団は徐々に人数を減らし、当校も2周目から吉田直(商4)や佐藤岳がこぼれていった。

4周目のダウンヒルで大きな落車があったことは、補給地点でもしばらくして情報が入った。この日の天候は前半雨天がちで、中盤以降は曇り、頭上の開けた第2補給地点では時折日も差したが通り雨もあるという感じで、路面は日陰であれば終盤までウエットだっただろう。終始積極的な展開の見られた今回のレースで、下りにおいても攻める走りがされたなら、キツくないコーナーにおいてさえオーバースピードによるスリップが起きる可能性は想像出来る。13人が落車リタイアし、うち1名が帰らぬ人となったことは誠に残念で、胸を締め付けられる思いだ。

この落車に当校・西村も巻き込まれた。すぐに態勢を立て直し同様の数名で集団を追ったようだが、高速ダウンヒルでの停車は短時間でも大きく距離を離されることとなり、ついに追い付くことなく5周目でリタイヤとなった。また小原もこの周まで粘りの走りを見せてくれたが、徐々に集団からこぼれ1周を残して最後のインカレを終えた。

当校の最後のカードとなった大前は、5周目に入って以降、脚の筋痙攣に苦しめられていたようだ。ベテランの対応力で騙しだましメイン集団で耐え、6周目後半の登り区間でトップやその追走小集団からやや離されつつも、先頭から2分04秒遅れの11位集団のゴールスプリントを頭で取った。
勝利のためにスタートラインに並んだ本人としては、あるいは1位以外はみな敗者ともされるロードレースにおいては、大前自身の満足度は高くないかもしれないが、当校にとって9年ぶりのインカレロード完走、そして対抗得点2点をもたらしたことには大いに価値があった。

11位集団のゴールスプリント(中央の白いジャージが当校・大前)
Photo by Kota Abe

大前は今季前半、当部へ復帰したものの医学部の部活動規制ルール(コロナ関連)によって遠征が認められず、それは自転車競技活動においてかなり致命的なものだった。学業やコーチング事業の多忙もあって6月まで決して十分な練習量・質ではなかったと思われる。
しかし6月末に学校側のルールが緩和されインカレへの道が開けた瞬間から約2ヶ月、このレースに集中して練習プログラムを計画・実行し、与えられた条件下では最善の努力をしてくれたと思う。そのストイックさ、やり抜く力は、部員達の良い模範となるだろう(ただし新婚の彼の家庭にとってどうだったかは分からない)。

西村が仮に落車に巻き込まれていなかったらどうだったか。競技においてタラレバは無意味だが、6月の全日本ロードU23で13位(学連選手内では10位)まで来ていた彼に、このインカレロードで自身の全てを出し切って欲しかったので、残念だった。ただしまだ成長途上にある選手、来年四年生となる最後のインカレでもう一度チャレンジしてもらいたい。

全体総括と今後に向けて

全ての競技を終え、ロード競技で優勝者を出した日大が、トラック同点の中大を突き放し総合優勝(二連覇)を飾った。
我が慶應義塾は、ロード11位/2点を加算し、合計9点で総合10位となった。昨年の5点/12位からは一歩前進をしたことになる。
ただし、終わってみれば、目標とした総合入賞の壁はまだまだ高かった。今年の総合8位(早大)の対抗得点は24点であったので、我々の事前の見立てはほぼ的確であった。

総合対抗得点表(学連コミュニケより引用、法政大学は12位ではなく9位の誤植)

総合入賞を狙う戦略は大きく2つある。団体・個人含めまんべんなく得点を集める方法と、トラック2~3種目+ロードに戦力を集中しそれぞれが上位得点を狙う方法だ。選手層の厚みに欠ける当校としては、単純に考えると後者の戦法が適するようにも思われるが、ただしそれでは、ごく一部のスター選手に依拠するのみで、チーム全体としての競技力向上や士気醸成の観点で課題が残る。
総監督としては今後もあくまで、選手・マネージャーが全員で、可能な限り全種目に臨み、それぞれの持ち場持ち場で役割を果たしてもらうことを期待したい。それがインカレの本来のあり方でもあるし、部員の人間性涵養につながると考えている。

試合後の全員ミーティングで僕が述べたのは、次のようなことだった。

  • 直前のコロナ危機等を乗り越えて、当部の現時点の力を出し切った結果ではあった。
  • ただし、自転車競技に人生を懸けている他校選手との差がいまだ存在し、詰まってはいない。
  • シーズン前に「当部史上最強」などと喧伝し、少し諸君を乗せ過ぎたかもしれない。ストイックに競技と向き合う姿勢、やれることを全てやり切ったと言えるか、を各自振り返り、今秋の残るシーズンも強化を図って欲しい。

折しも先日、日経新聞に「倍速ニッポン」という短期連載があった。いわゆるZ世代がいかに「コスパ」「タイパ」を重視し、「最小の労力で最大の成果」を求めているか、その潮流に企業や社会はどう対応しているか、といった記事だった。
イントロがなくいきなりサビで始まる楽曲の増加、オンライン授業は1.5倍速で観る、昇格・昇給の早期化、などの事例が紹介されていた。スポーツの現場で大学生・高校生と日頃接している僕としても、肌感覚に合っており、かつ色々考えされられる内容だった。

学業との両立を旨とする学生アスリートにとって、また大学から自転車競技を始める選手の少なくない当校のようなチームにとって、練習効率の最大化は非常に重要だ。ジュニア時代から活躍している競合他校の選手に追い付き追い越すためには、遠回りをしている余裕はない。
加えて、昨今の自転車競技界は、主に社会人ホビーレーサーの増加を背景に、少ない時間でどう強くなるかといったノウハウ情報が溢れている。それにより、パワー管理をはじめとした科学的トレーニング理論・手法の普及と理解が進み、競技界全体のレベルアップが図られたのは間違いない。学生競技者がそれらを参考にするのも決して否定されるものではない。

一方で、我々が目指している「最大の成果」に対し、我々が投入した「労力」はその達成を可能とする最低水準を満たしていたのだろうか。満たすだろうと思っていた我々の想定は、「最小の労力」ではなく「過小な労力」ではなかったか。10の練習を要領良く10の内容で出来たチームと、15の練習をやや効率悪く12の内容で出来たチームがあるとする。でもインカレ総合入賞に最低12の練習が必要だったなら、格好良く10を達成していても永遠に到達はしない。

そういうことを言うと、今の学生からは、「最近の理論では、強度の高い練習は週2日でいいんですよ」といった声も聞こえて来そうだ。だが、その我々がやっている練習で、他校より成長率は高くなっているのか。そのレベルの練習は週2日しか本当に出来ないところまで追い込めているのか。あるいは同等の練習なら回復力の高い他校選手は週4日やれて、むしろ差が開いているのではないか。翌日の練習効率を少しでも上げるべく、栄養・睡眠を含めた回復への努力を各自が日課として徹底出来ているか。
あるいはトラック種目においては、前編で述べたように団体種目のメンバーの確定が遅く、準備不足が否めなかったこと。今回出場出来なかったタンデムやチームスプリントについても同様のことが恐らく言えただろう。あるいは個人種目でも、十分な対策と準備に支えられた「根拠のある自信」を持って臨めたかどうか。

やや説教じみてしまったかもしれないが、これは単なる古臭い精神論・根性論では決してない。様々な科学的・理論的トレーニング手法へのアクセスが容易になった現代において、最後はそれをやり切れたかどうか、それによって自分の能力を最大限進化させられたかどうか、の世界で我々は戦っている。それを改めて忘れないようにしたい。

この点、自転車競技といういわば「コスパ・タイパの極めて悪いスポーツ」をわざわざ選んでくれた当校の部員諸君には、大いに期待している。スポーツ全般に言えることだが特に自転車という競技は、ネット検索すればすぐに答えにたどり着けるようなものではなく、インスタント食品のように3分で美味しい思いが出来るものでも全くない。そんなスポーツに貴重な大学4年間を費やそうと決めた彼らはきっと、同じ世代の中では最も粘り強く物事に向き合い、最後までやり切る素養を備えたタレント達であるに違いないからだ。
我がチームのこの秋冬の進化、そして来季の活躍を、今から楽しみにしていたい。

錦江湾越しに望む開聞岳(天候の良かった大会前に筆者撮影)
このような美しい”山頂”を来季は目指したい

(2022/9/18)