総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

創部120周年にあたって

本日、我が慶應義塾体育会自転車競技部は、創部から満120年を迎えました。
この長い歴史を積み上げ支えてくださったOB・OG各位やそのご家族、歴代の部長先生、体育会はじめ塾関係各位、日本学生自転車競技連盟や早稲田大学自転車部をはじめとする自転車競技界各位、その他当部を取り巻く多くのご支援・ご協力者の皆様に厚く御礼申し上げます。

当部は1902年(明治35年)3月3日に「慶應義塾自轉車倶樂部」(転と楽は旧字体)として設立されました。この当時、日本では社会人の交遊や運動を目的とした同好会がいくつも誕生していたようですが、現在に至るまで続いている競技団体は知られる限り当部のみで、現存する国内最古の自転車競技チームと認識されています。
当部の歩みについては 2年前のこのブログ でまとめてあるので、最近の新入生やご関心のある方はご覧ください。

usamicycle.hatenablog.com

創部120周年を迎えた今季、当部の戦力は過去になく充実しており、現役諸君の活躍が今から楽しみです。去る2月27日(日)に明治神宮外苑で行われた大学対抗クリテリウム大会では、メインレースのグループ1で見事総合優勝を飾り、シーズン本格開幕を前に早くも選手達がその片鱗を披露してくれました。今季最大目標である9月のインカレ総合入賞に向けて、幸先の良いスタートです。

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大学対抗リザルト
各校3名出走のうち上位2名の順位合計(の小さい順)で競った

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試合後のチーム集合写真、聖徳記念絵画館前にてペンマークポーズで
(Photo by 井上六郎様)

ちなみに、現役諸君はこの勝利を「創部史上初の・・・!」というフレーズで盛んにSNSなどで喧伝していますが、神宮クリテは今年で第16回。それに対し我が部の歴史は120年ですから、その長いスパンで見れば神宮クリテはごく最近に始まった新興大会であって、創部初なのはある意味当たり前の話です。
つまり、大学に来て当部に入り1年~4年の現役諸君にとって、神宮大会の16年という”年齢”は既に相当長い”歴史”だということでしょう。だとすると、その7.5倍もの長さとなる当部の歴史がいかに重厚なものであるか。それを改めて認識させてくれるエピソードだと感じた次第です。

さて、僕が高校チームを見始めてから15年、大学チームまで見始めてからだけでも10年かかって、どうにかここまで登って来ました。しかし、前述したことと同様、この期間もある意味”一瞬の出来事”に過ぎません。我々の目指すところはまだまだ先の、高い場所にある。125年、130年、あるいは150年といった将来に向けて、課題は山積しています。
今回はこの記念すべき日にあたって、過去の足跡を振り返るのではなく、今後さらに輝かしい歴史を紡いでいくための課題について、書き留めておきたいと思います。

<目次>
 ① 安定的な部員確保
 ② 稼働率100%化
 ③ 外部専門知識の導入
 ④ 学連・競技界発展への貢献
 ⑤ OB・OG会と現役とのシームレス化
 ● 明日は、120年と1日目

 ① 安定的な部員確保:「毎年6名以上体制」の堅持

この10年ほど、大学チームの部員数は概ね25~30名を安定的に維持して来ました。しかし中身をよく見てみると、代によって部員数の波はまだ小さくなく、新入部員数は3人の年もあれば9人の年もある。それが四学年合わさって大体そのくらいの人数で推移しているということで、まだまだ安心できるチーム基盤ではありません。
願わくば、選手5名+マネージャー1名の計6名以上を、毎年コンスタントに獲得したい。そうすれば、四学年で「真の安定的な25~30名体制」が作られることになります。

これまで一定の部員供給源となっていた附属高校の自転車部が現在ほぼ部員ゼロとなっていることもあり、これは決して簡単な水準ではありません。現在部員諸君が熱心に取り組んでくれているSNS等の宣伝・勧誘活動をはじめ、中長期的には例えば、小学生対象の交通安全教室の実施、ホビーレースでの勧誘、ジュニア選手対象の練習会・自主運営大会の実施、など地道な認知度拡大活動を展開したいものです。そして何より、現役諸君の試合での活躍とそのメディアでの露出が、情熱あるアスリートを引き寄せるために最も効果的と言えるでしょう。

 ② 稼働率100%化

仮に部員数が安定的に確保出来てきたとして、それだけで安泰というわけではもちろんありません。ここであえて「稼働率」という言葉を使いましたが、「全日本学生選手権レベルに出場権を持ち、そこでレース展開に加われる走力を持った者」の比率は、現在でもまだ35%~50%程度(ロード/トラックの別や年度にもよる)です。
当部のような、大学からこの競技を始める者の多いチームでは、四年間の目標が「クラス2に上がること」「トラックB基準タイムを取ること」(いずれも前述した出場権保持レベルに相当)になってしまう選手も少なくありません。

もう大学生ですから、それまでの運動経験や身体能力の発達度合など、取り返しのつかないことももちろんありますし、競技力・戦績以前に努力そのものに価値があるという考え方に僕は立っているので、人によってはクラス2に上がったことを通じて人間的成長が得られたということでも構いません。ただし選手層の(残念ながら)厚いとは言えない国内学生自転車競技界で、選手権のスタートラインに立つための要件獲得は、他競技に比較すれば高過ぎるハードルということも正直ありません。部員諸君には一段でも高い階段まで登り、その景色を見た経験を得て欲しいとも思っています。

チーム全体として再現性のある選手育成メソッドの確立、その前提となる一人ひとりの自立性・モチベーションの醸成、そうした彼らの情熱を最低限受け止められるだけの部室設備・競技機材等のハード整備。それらの環境を指導スタッフ側の一層の努力によって整えていくことが必要と考えています。
加えて、選手ばかりでなく、マネージャーや学連委員についても、我が自転車競技部の重要な戦力としてさらなる活躍余地があるものと思っていますし、指導側はそのポテンシャルをもっと引き出してあげなければと考えています。

 ③ 外部専門知識の導入

これまでのほぼ内部リソース(OB・OG及び現役自身)による努力のみによっても、現時点の競技力水準までは持ち上げることが出来ました。即ち、全日本学生選手権の入賞者はほぼ毎年出る、数年に一度優勝者も出る、その選手が日本代表強化指定に選ばれて海外遠征して、という水準です。
しかしここから先、その日本代表候補レベルの選手を偶発ではなく常時必然とすること、選手権入賞者をもっとザクザク輩出すること、それらを通じてインカレ総合入賞あるいは表彰台を常に争えるチーム総合力を具備すること。
そうしたレベルに達するには、日々の科学的練習プログラム、ウエイトトレーニング、メンタルトレーニング、食事・栄養管理、バイオメカニクス、といった専門的知見の導入・定着が必要だと感じています。それらを吸収し活用する力が、今の現役諸君にはいよいよ備わって来ている。特にメンタル面はこれまでほぼ未着手であり、かつ即効性の望める領域ではないかと考えています。
これにはもちろんコストや時間や人脈が必要となりますが、ここからチームがさらにひと皮剥けるために検討する価値はあると思っています。

 ④ 学連・競技界発展への貢献

自らの競技力向上だけが、当部の目指すところではありません。我が国における自転車競技のパイオニアとして、あるいは昭和11年(1936年)の学連設立五校のひとつとして、学連・競技界全体の発展に対する貢献を、ますます意識していくべきでしょう。

学連においては、学生委員を出来る限り常時派遣するよう心掛けており、実際に近年の学連委員長は1年おき程度で慶應出身者が務めています。また連盟・大会運営にはOB数名が積極的に関与されており、その奉仕精神には頭の下がる思いです。ただし学連全体の「手弁当体制」は昔から進化したくても出来ないまま現在に至っており、当校OB・OGのさらなる関与拡大が求められています。

国内競技界全体としては、実業団リーグの活性化(メジャースポンサーの拡大)や競輪興行の進化(「PIST6」の開発)などが話題です。これらの成否はまだ分かりませんが、世界との距離を縮めるために勇気を持って一歩踏み出し、そこにエネルギーが集まって来ているように思えます。こうしたムーヴメントを支える企業側においても、もっと本塾出身者の姿が垣間見えて来るようになればと期待しています。

 ⑤ OB・OG会と現役とのシームレス化

前項にもある通り、OB・OGのさらなる関与・巻き込み(巻き込まれ)が期待されています。ただそれは恐らく、これまでのような母校へのロイヤリティを下敷きとした無償の愛、ではもはや成立しない時代になって来ている。ここへのソリューションは僕もまだ見出せていませんが、次世代人材の発掘は必須課題です。

今の30代前半~20代は、それより上の世代に比べ、NPOCSRSDGsといった概念への理解・支持が相対的に高いと言われています。つまり、彼らは「誰得」「コスパ、タイパ」とだけ考えているわけではなく、「何に価値を感じるか」の物差しが上の世代からは変容して来ているということです。その価値観にうまく寄り添うことが出来れば、きっと当部ひいては競技界全体にも貢献してくれることでしょう。

実際のところ、騙されたと思ってやってみたら意外と面白いと感じてくれそうな気がしますし、これからの世の中は自分の時間やエネルギーを100%会社に捧げる時代でもありません(というより、個人の力が100を超えて来ている、ように感じます)。
若手層をうまく取り込むことが出来れば、現役とOB・OG会との距離もぐっと縮まり、10代~30代辺りが混然一体となってレース会場で盛り上がっている慶應チーム、のような姿も想像されます。新たな自転車競技集団のあり方、新たな体育会の姿、を示唆するものにもなるのではないでしょうか。

同時に、60代以上の世代もまだまだお若いし元気です。その溢れんばかりのエネルギーと経験・知見・人脈をぜひ部運営・連盟運営にも振り向けていただければ、なお素晴らしい世界が見えて来るものと思っています。

 明日は、120年と1日目

以上のことは、僕が日頃思いながらも着手出来ずにいることばかりで、早くやれよと言われるようなこともあれば、願望はあっても処方箋が書けていないものもあります。これまでの120年間と同様、明日からも少しずつ着実に、現役諸君や関係各位とともに、階段を登っていきたいと考えています。かつて大井埠頭で走っていた時のように、我々が前を向いて風圧と戦っているうちにいつの間にか沢山の人が後ろに付いて来て大集団になっている、そんなことになれば良いな・・・と思っています。そうしたら、先頭交代もしますよ笑

新型コロナの状況も多少考慮しましたが、いずれにせよ120周年だからといって、何か派手なことは考えていません。現役諸君やOB・OG各位がこの歴史の重みをそれぞれ噛み締めてもらえたら、今は良い。記念すべき今季の活動を年末に振り返った時に皆で心の底から”祝勝会”が出来るようなら、是非やりましょう。そして125周年という大きな区切りである2027年に、我々がどうなっているか。どうなっていたいのか。まずはそこを目指して、一日一日を大切にしていきたいと考えています。

(2022/3/3)