総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

インカレメンバーはどう決めるか

国内の多くの種目の学生アスリートにとって、年間の最大目標はやはり全日本大学対抗選手権(インターカレッジ)でしょう。自転車競技も例にもれず、毎年8月下旬~9月初旬にトラックとロードの両方で各校代表選手が競い合い、種目毎に付与される対校得点の総計で日本一を争っています。

今年はコロナ禍の影響で、時期を10月中旬にずらし、種目・日程も削減、また対外試合が禁止になっている等で参加出来ないチームもあることから対抗選手権の冠を外して「全日本大学自転車競技大会」という名称となりました(本稿では便宜上「インカレ」と表記します)。それでも各校は、今季前半にガマンの時を過ごした分、満を持してこの大会に臨んで来るものと思います。

自転車競技のインカレは現在、トラック競技の個人7種目で1校1~2名、団体2種目で1校1チーム(種目により3~4名/チーム)、ロード競技では1校8名、が出場枠となっています(いずれも2019年大会・男子ベース)。
この枠をめぐって各大学内での競争があり、選ばれた選手はチーム全部員・全関係者の期待を背負って出場します。なにせ大抵はその種目に自分しか出ていないので、自分の順位が総合得点に直結する、とても責任の重い役割です。こうしたプロセスがあるからこそ、インカレは学校同士のガチンコ勝負、走るほうも応援するほうも普段の試合とは熱の入り方が違うわけです。

そのメンバーエントリーが毎年本番の約1ヶ月前にあり、今年はトラックが9月14日、ロードが9月23日締切でした。
今回は、このインカレ(及び代表選出という意味ではチームロードにも共通します)に向けたメンバー選定に関して、僕が気を付けている考え方・進め方について、将来の指導スタッフのために書いておこうと思います。

<目次>
● まずは部内の競合環境を醸成すること
● 戦力分析を年末年始にはしておくこと
● エントリー戦略・戦術のポイント
●「枠がある」からといって安易に埋めに行かない [10/5追記]
● 最終決定権は必ず監督が持つこと
● そのために、日頃の選手理解が必須
● インカレのあり方も変わっていく中で

 まずは部内の競合環境を醸成すること

おそらくどの大学であっても、インカレメンバー選定の大方針は「チームの総力を挙げて対校得点の最大化を図る」というものになろうかと思います。
その大方針のもと、ほとんどの強豪校=推薦制度で競技力の優れた高校生を獲得出来るチームにおいては、その豊富なタレント群からどのように各種目の代表選手を選抜し、当日の種目時間割も見ながらどう配分していくか、が主たるテーマとなるでしょう。
そのために部内でどのような基準を設けるか、どの試合を選考対象とするか、競技成績以外の部分を評価するのかしないのか、といったノウハウは、そうしたチームのほうがずっと豊富にお持ちと思います。

ひるがえって、当部のような草の根軍団、人数も決して多くなく実力のバラつきが大きなチームでは、それらの点について幸か不幸か大した悩みはありません。
インカレ出場に必要な基準タイムやロードクラスを全員が持っているとも限りませんし、日常の練習状況や、インカレまでの各試合の戦績やタイムを見ていれば、自ずと「あの種目は誰」といったことが概ね明らかになって来ます。現役部員間で話し合ったエントリー案と指導者の想定するエントリー案に、さほど乖離は生じません。

しかし、そうした環境には大きく2つの問題点があると考えています。

1つは、当たり前ですが、そんな部内競争の少ない環境から強い選手は育たず、要するに勝てないことです。当部の中で真ん中より上くらいを維持していればインカレには「出られる」わけなので、上昇志向の薄い部員は、その素質だけで「出場圏内」を確保出来る程度の適当な練習しかしなくなります。
本来はこのレベルの選手がさらに強くなってやっと勝負の土俵に立てるかどうかなのに、学生の視座はともするとごく身近な小さな世界での自身のポジションに留まりがちです。ここを鼓舞していく必要があります。

もう1つは、選考に届かないと自己判断した部員が、努力して代表の座を奪い取るというのではなく、モチベーションを別の方向に移していってしまうことです。
別の方向とは、例えば、学連レースではなくJBCFやホビーレースをメインターゲットに据えてしまうとか、部内で顰蹙を買わない程度に出来るだけ少ない練習量で済ませようとするとか、メカニックもどき・マネージャーもどきのようなキャラになって居場所を確保するとか、そういったことです。
例えば「ツール・ド・おきなわ」は目指す価値のある素晴らしいレースですが、それを目標にするならわざわざ体育会の部に所属している必要はないわけです。

僕自身も正直言って身体能力や素質はない選手でしたから、なかなかトラック基準タイムをクリアできない部員、ロードクラス昇格の出来ない部員の気持ちはよく分かっているつもりです。
ただし、現在の学生は、それを練習によって克服し出場権を得ていこうとするよりも、少し自転車をやってみて自分の実力はこんなもんかと早々に決めつけ、それを前提にこの先どうしようと考える傾向が比較的高いと感じます(これは会社の若手層を見ていても同じです)。
こうした部員が増えて来ると部全体の意識や実力レベルがどんどん下がっていくので、そうなりそうな部員の背中を後ろから支えなければなりません。

こうしたことから、部内各部員間の競合環境を作ること、適切な水準での緊張感と挑戦意欲を維持することは、全てのレベルの部員にとって重要です。
強豪校であれば、これを「有望な新人部員の獲得・投入」によってかなりの部分解決しているかもしれませんが、当校はその手法をルーティンとしては使えないので、指導陣がそれを補ってあげることが必要です。

上位の選手にはさらに上を目指すような目標設定や刺激を与え、
中位の選手には技術的指導で上位を脅かすところへ持ち上げ、
下位の選手にはあの手この手でモチベーションを逸らさず上げていく働き掛けをする。

はっきり言って、リクルーティングに比べると遥かに効率の悪い手法ですが、当校の場合は、むしろそうした努力で部員の多くが輝き始めることこそボランティアコーチの醍醐味である、と考えて腹を括りましょう。

戦力分析を年末年始にはしておくこと

夏のインカレの戦略立案は、冬には既に始まっています。プロ野球の監督やフロントと同じように、自チームの現有戦力を正しく把握し、来るシーズンの戦略を立てることが必要です。
僕はこれを年末年始(ちょうど全部員とのone-to-oneミーティングをしている時期)に、以下のようなフォーマットで密かに整理をしています。

f:id:UsamiCycle:20201004165121j:plain

戦力分析シートの例(内容はフィクションです)

もちろん、強豪校は常にこのようなシートをアップデートされていて、翌年以降に向けたリクルーティング活動に反映されているものと思います。当校はそこまではいきませんが、強いて言えば付属高校から継続してくれるであろう三年生くらいまでを念頭に置いて、各種目への配置ポテンシャルや抜けているゾーン、チーム及び個々の強化ポイントなどについて、監督の頭の中を整理します。
コーチ陣がいる時は、その内容を年始にスタッフ全員で共有しておくと、その後の選手諸君へのアドバイスに指導スタッフ間での一貫性が生まれる効果もあるでしょう。

エントリー戦略・戦術のポイント

当部のような、必ずしもタレントの数や幅に恵まれていないチームにとって、「総力戦」であるインカレでどのように強豪校の間隙を突いて対校得点を獲得するか、その戦略・戦術は重要です。

上述した通り、現役諸君と指導陣との間で意見に相違はさほど出ませんが、順当に決まる種目以外のところで多少議論となるポイントには、例えば以下のようなものがあります。

・チームパーシュートの入賞ターゲットタイム、そのためのメンバー構成
・チームスプリントとチームパーシュートのメンバー重なり/ずらし
・実力がある選手の、個人種目と団体種目の注力バランス
・マディソン及びタンデムスプリントへの取り組み可否及び準備プロセス

当校の場合、個々人の力量でというよりもチームワークや戦術で上位を狙うというスタンスが多くなると思います。したがって、チームパーシュートをいかに仕上げるかがやはり戦略のひとつの柱になるでしょう(この方針はチームロードも同様です)。
また、基準タイムを持っている選手が限られる、中長距離選手のハロンタイムが短距離選手より速い、といったこともままあるので、そうした中でメンバー配分を納得性を伴って調整していくことが必要です。

注意すべきは、部内で実力が高いと思われる選手が、自身の個人成績を優先し、団体種目をおろそかにするような傾向が見られた場合です。数年に一度このような状況を感じることがありますが、その背景が「その部員の傲慢・幼児性」である場合と、「他の部員の意識レベルがあまりに低いため」の場合の二通りがあり、状況に応じて処方箋が真反対になるので、留意が必要です。
前者のケースは世の中によくある話で説諭するしかないのですが、後者の場合、例えば極端に実力のバラつきがあってチームパーシュートでまともに4人の脚が揃わない場合などは、団体を捨てて個人種目に集中させることもあります(これはロードTTのチーム/個人にも当てはまります)。
ただその場合も、チーム内の誤解や軋轢、うぬぼれを防止すべく、チーム総合のためにそうした戦略を取るのであることを、本人と良く話し合った上でチーム全体で理解している必要があります。

また、マディソンやタンデムといったやや流動性の高い種目で一矢報いるという戦略は効果的と思うのですが、実際には選手達はなかなか乗ってくれません。”メジャー種目から降りる”ように感じられること、タンデムは機材の準備や運搬という物理的障壁があること、などがその理由かもしれません。それならメジャー種目で練習を頑張ってタイムを出してくれたら良いのですが、そうでもないのであれば、他校と違ったことをやらねばならないのではと思うこともしばしばあります。この辺はその年の戦力を俯瞰した上で、現役諸君との対話を深めていくことが必要です。
なおこの2種目はいずれも、取り組むならば春先から十分な練習と細かい部分までの磨き上げが必要で、経験の浅い状態でインカレになだれ込んでも得点が転がり込んで来るものではありません。

「枠がある」からといって安易に埋めに行かない [10/5追記]

当部は選手層が厚くない、という趣旨のことを前述しました。かと言って、まだ空いているエントリー枠を埋めるためだけに、単に「トラック基準タイムを持っている」「ロードクラス2以上である」というだけの選手を安易にエントリーすべきではありません。

典型的な例は、ロードレースが1校8名枠であるところ、当部にクラス2以上の選手が8名以下しかいない場合です。こうしたケースでは、例えば1年以上前に16kmの平地クリテリウムでクラス2になっただけで、月1,000km程度しか練習していない上級生が、「だってオレ、権利あるもんね」という顔で平然とエントリーしようとしたりします。
彼のためにサポートメンバーが一生懸命補給を準備し、沿道に散らばって情報体制を整えるわけですが、結局そうした選手は補給が開始される周まで残っていない、というパターンがほとんどです。

トラックの場合は、想定される勝負タイム水準というのがある程度分かっているので、あまりにレベルが乖離した者がエントリーすることにはなりにくいです。しかし、B基準で出場出来る種目、殊に先述したマディソンやタンデムは、準備不十分なまま出番を迎えがちな種目と言えるでしょう。

当部の目標はあくまで「学生日本一を目指し、それを通じて社会のリーダーを育成する」ことであり、「参加することに意義がある」というレベルの話はしていません。ましてや、上級生の思い出作り、就活のネタ作りでももちろんありません。
慶應の公式ユニフォームで、学生競技の頂点たるインカレに出場する以上、周到な練習と準備を経て堂々と勝負出来る者だけが真の出場権を得る。それは部内の熾烈な競争を勝ち抜いて晴れて出場権を獲得した他校の選手への礼儀という面からも、当然のことと思います。
指導者はこの点にこだわりを持って曲げることなく、たとえ部員から「何で出てはいけないのですか」と不満が出たとしても、毅然とした姿勢を貫くべきと考えています。

ただしそのためには、早いうちから部内に一定の目線を示し、「検討俎上に乗る最低限の努力水準」について共通認識を醸成しておくことが必要です。単なる練習量だけでは切りにくい部分もあるかと思いますが、僕は日常的に「これはよくやった」「ここはまだ改善がいるね」といったコミュニケーションを出来るだけ多く発信することで、選手としての最低限の目線を伝えるように心掛けています。

最終決定権は必ず監督が持つこと

当部は基本的に現役学生の自主運営に出来るだけ任せる方針としています。インカレのエントリーメンバーについても現役諸君が立案をしてくれますが、あくまで最終的な決定は監督が行う、という決め事は堅持したほうが良いと思います。理由は以下3つです。

①メンバー選定は一人ひとりの部員の人生観にさえ影響しかねない重要なものであること
②上級生/下級生などの要素で歪んでいないか、戦略的な見落としはないか、等の最終チェックを行うこと
③「人事」は指導力の源泉のひとつであること

チームスポーツであれば、毎試合で先発メンバー、ベンチ入りメンバーが都度選考され、彼らだけにユニフォームが渡される、ようなことが日常的にあるでしょう。それに対し基本的に個人競技である自転車は、良くも悪くも多くのレースに「エントリーさえすれば誰でも出られる」という特徴があります。
だからこそ、インカレなどの主要大会で「選ばれる」「選ばれない」という経験を社会へ出る前の段階でしておくことには、大いに意味があると思っています。

それゆえに、その選考のフェアネス確保は非常に重要であり、学生達だけでも十分納得性のあるエントリーが立案されるだろうとしても、念のため指導陣がそのバックストップにいて、社会人の目で客観性・妥当性を担保することは必要だと考えています。

当部の場合は上下関係に妙な封建的なところはなく、むしろフランク過ぎる?とも思えるほどフラットな人間関係なので、不合理に上級生がメンバー入りするということはあまり見られません。
むしろ学年に関わらず「強い奴が全て正しい」「弱い奴は何も言えない」という雰囲気が醸成されがちと見受けられることはあります。勝負の世界ですからそうした側面を全否定は出来ませんが、少数意見のすくい取り、強い選手の傲慢(がもしあれば)の排除、”練習していないけれどそこそこ走る奴”の取り扱い、といった部員間では解決が簡単ではない事象を極力見落とすことなく、指導陣が客観的に対処していく必要があると考えています。

そのために、日頃の選手理解が必須

「監督が最終決定するからな!」と言ったところで、「アンタ俺たちのこと全然分かってないでしょう?」と選手達が思っているようでは、フェアネスの砦にはなりようがありません。あるいは、指導者の好き嫌いや各選手への情状といったノイズが混入していないか?と疑義を持たれるようなこともあってはなりません。
そのためにも、日頃から選手達をよく観察し、コミュニケーションを深め、正しい判断が出来るよう情報をストックしておくことが大切です。

僕の場合は、上述した年末年始の戦力分析をシーズン中に適宜アップデートしておくことに加え、通常6月の全日本学生個人ロード/個人トラックが終わった頃くらいから、インカレ戦略について部員諸君とさりげない会話をし始めます。幹部部員だけでなく、ロード/トラックそれぞれにキーパーソンとなる選手(それが仮に1年生だとしても)の意見も聞きながら、エントリー案を内々固めていきます。選手達の意見は短期間で結構変わるので、通常8月初旬頃のエントリー間際まで、よく観察し会話する必要があります。
そうしたプロセスを経ることで、結果的に部員案と監督案にはほとんど齟齬がなくなります。

ただし、「社会人ボランティアコーチの場合、そんなにきめ細かく現役のことを見ていられませんよ」という率直な意見もあるでしょう。僕も仕事環境によってはそういう年もありましたから、当然のことです。
その場合は、部員からの案について「なぜそのように立案したのか、その考え方・判断材料」を詳しく聞き、指導者としてその思考回路が納得出来るかどうか、で判断することになるでしょう。もしそれが妥当なプロセスであると思えたならば、後は選手達を信頼すれば良いのです。

インカレのあり方も変わっていく中で

今年のインカレは新型コロナの影響で種目縮小を余儀なくされましたが、仮にコロナがなかったとしても、歴史的に見てインカレの種目は常に変遷しながら現在に至っており、今後も世界の自転車競技の動向に合わせて変化していくことでしょう。

例えば2018年度からオムニアムが導入されましたが、このように五輪種目へ揃えていこうという流れは今後も続くものと思われます。日本代表の強化という文脈からすれば理解出来る一方、種目の多様性の喪失や、総合力で争うというインカレの形式そのものの議論にもなるでしょう。

例えば前述のオムニアムは、1名の選手が4つの中距離種目を走って総合順位を決めるというものですが、本来インカレは、それを4名が走ってチーム力を競うというコンセプトであったはずです。この種目の配点が高いことともあいまって、自ずとトラック中距離の強い高校生の獲得競争が過熱することになるでしょう。また、1kmTTや個人パーシュート、タンデムスプリントが廃止されるなどすれば、大学へ進学してもインカレに出場出来ないという選手が増加し、結果的に学生競技人口の低迷、高校で全国上位だったごく一部の選手達だけで競われる”内輪のマイナー競技”に縮小均衡してしまう可能性もあるでしょう。
(→その点では、慶應に来れば出場機会が増えるかもしれませんよ!)
そうした弊害も考慮した上で、今後のインカレ種目は引き続き変化していくことと思います。

(脱線ですが、むしろこれまでのインカレのような形式で国別対抗戦やチーム対抗戦をやる、といったイベントを世界規模で行ったら結構盛り上がるのでは?などと思ったりしますが、どうでしょうか)

いずれにせよ、このような競技環境を見据えながら、当校は先んじて戦力準備を整え、ある時は王道で、ある時は奇抜な戦術で、学生自転車競技界で存在感を示していくことが必要だと思っています。その意識を指導者と現役部員が共通に持った上で、長期にわたり目標に掲げながら実現出来ていない、まずはインカレ総合8位入賞を、ぜひ近々獲得して欲しいと願っています。

(2020/10/4)