総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

部内対抗紅白戦 ~ 自主性を育む

去る12月6日(日)、好天に恵まれた山梨県境川自転車競技場にて、我が慶應義塾体育会自転車競技部の「部内対抗紅白戦」を開催しました。
部員約20名を戦力均衡するよう半分にわけて、①スプリント、②ケイリン、③エリミネーション、④アンノウンディスタンス、の4つの個人種目と、⑤チームパーシュート、⑥チームスプリント、の2つの団体種目を総力戦で競って紅白戦形式としたものです。

本大会は、部員諸君から自発的に企画立案され、実現に向けて当部の芳賀君(学生連盟委員長)や纐纈君(主務)をはじめ幹部諸君・マネージャー陣・現役メンバー諸君が事前準備や当日進行に汗をかいてくれました。
それに呼応してOB・OG勢も、審判長を務めていただいた倉田OB(学生連盟専務理事)をはじめ計9名が大会運営のため遠路お越しいただき、またその他先輩諸氏からは予想以上の数の各種賞品を提供いただきました。
また僕を含め3名の40代~50代OBがいくつかの種目にオープン参加し、試合を盛り上げたとまではおこがましくて言えないものの、本塾らしい”縦ののつながり”を学生達にも感じてもらえるくらいの役割は果たしたかなと思います。

今回、このような部員諸君の自主性がとても嬉しかったこと、また今後まだまだ発展させられる可能性があることを、ここで書き残しておきたいと思います。

f:id:UsamiCycle:20201213002830j:plain

現役・OB混走のエリミネーションレース。後方3名のOBの平均年齢=54歳

(Photo by Eita Kada)

本大会開催のきっかけ

今季は新型コロナウイルス拡大の影響で、試合数が大きく減少しました。これを受けて、現役諸君が「全員が輝ける場を作ろう」というコンセプトのもと自主企画したのが今回の紅白戦でした。

例年であれば、全日本学生レベルの選手権大会(ロード/トラック合わせて計8大会)のほか、エントリーすれば誰でも出られるロードレースシリーズが年間約10~12レース、トラックの同様シリーズが4~5レース、その他神奈川県の練習試合や各種トレーニングレースなどで、選手達はレベルにもよりますが概ね20~25レースを走っています。

これに対し、今年はロードレースシリーズがほぼ全て中止になり、チームの中で上位の選手だけが出場できる全日本学生大会が数回行われた程度でした。
毎年シーズン終盤に開催され比較的敷居の低い東京六大学戦や、全員出場の早慶戦まで中止となってしまったことで、当部のようなチームに多い、大学から競技を始めた”これからの選手”の出番がほとんどなくなってしまいました。

このような状況下、出場機会のメドが立たない部員がモチベーションを失って練習しなくなったり、部活動から離れてしまう可能性も大いにあったと思います。
あるいは、全日本大会に出場可能なレベルの部員達が勝手に部内戦を企画して、楽しいのは自分達だけ、といった結末も考えられなくはなかったと思います。
しかし実際には、部員全員が参画意識を持って本大会を実現し、かつ大いに楽しんでくれました。

シーズン中は思うように結果を残せなかった選手が本大会では目立つ走りが出来たり、マネージャー陣も事前のSNS宣伝や当日のライブ映像配信、あるいはコロナ対策の検温など各役割を積極的にこなし貢献してくれたと思います。
閉会式では全員がへとへとになりながらも、自転車競技の楽しさや充実感、一体感に満たされた笑顔になっていました。

f:id:UsamiCycle:20201213002857j:plain

試合終了後、沢山の賞品ももらって笑顔の現役諸君

(Photo by Eita Kada)

自主性・能動性を育むには

特に監督から「こういうレースを企画してみたら」などと言ったことはないのに、部員諸君から能動的にこのような動きが今年のチームから出て来たことを、僕はとても嬉しく思いました。2012年から大学チームを見てきて、やっとここまで来たか、という感じです。

よく他校の関係者などから、「慶應さんは頭が良いから一人ひとりがちゃんと考えられて、いいですよね」といったコメントを頂戴することがありますが、正直言ってそれは甚だ過分なお言葉です。
勉強・受験が出来ることと自分で考えられることとは違うし、大学体育会レベルで個人競技を選ぶ学生が全員自律的かというとそうでもないし、附属校で伸び伸びと育って来た人材が自主性やリーダーシップに長けているかと言えば決して皆がそうとも限りません。

それでも、当部の場合は指導者が日頃の練習につきっきりになれるわけでは残念ながらないので、部員諸君の自律性・自発性を促し、そこへ期待するほかありません。
自主性を育むには?という問いは教育論そのものであって、僕のような者が軽々にその処方箋を書けるわけではありません。
ただしせめて、そのために僕が意識的/無意識的に心掛けていることは何か、という観点で思い返してみると、例えば次のようなことが挙げられるかと思います。

  • まずは小さな成功体験、自己肯定感を持ってもらうこと(中学・高校までに既に出来ている部員もいれば、そうでもない人材も当部の門を叩いてくれます)。初心者にいきなり「自分で考えてごらん」とするのはただの放置プレイで進化が遅いので、最初はある程度ガイドライン通りに導いて、「ほら、やれば出来たでしょ」という経験を。
  • 小さな自信が付いて来たら、徐々に自身で考えさせる「ヒント段階」へ移行する。ただし個々の部員の理解度・習熟度や個性に合わせて、「ヒントの出し方」「具体的~抽象的」の塩梅をうまくコントロールすることが大事。自ら色々な参考文献を貪り読んで練習メニューを考える、ようなレベルへ行くには相当高い動機付けが必要。
  • チーム運営にも自主的に取り組むのは、個人としての競技レベルが一定以上に達し、部全体を見渡せる余裕が出来ていればこそ。「自分がまだクラス3」のような段階では自らのことに手一杯なのも無理はない。他方、3年・4年でもまだ鳴かず飛ばずだと達観の域に入り、運営面に力を発揮し出す場合もある。
  • 塾体育会が採り入れている「LEAP」(リーダーシップ養成プログラム、体育会部員が任意参加できる講座)は良い刺激や学びとなり、学生への影響力が高いので、積極的な参加を促す。
  • 色々な意味での”枯渇感”によるレバレッジ。例えば今回の紅白戦は、コロナによる試合数の極端な減少→レース機会への渇望感、が彼らの自発性を促進した。それと同様に、「機材が十分ではない」「交通事情が悪い」「オンライン授業で時間が取られる」といった制約があるからこそ、創意工夫が内発的に出て来る。「指導し過ぎないように」と言われるのもこの観点。
  • 自主性を伸び伸び発揮できる「安心・安全な環境」を整えておくこと。少し前の「ゆとり・さとり世代」(←この安易な括り言葉はあまり好きではないのですが)のように、”出る杭”になるのを非常に恐れるコミュニティからは、自主性・自発性は出て来にくい。勇気を持って発言すること自体がリスペクトされる雰囲気を日頃から醸成しておくこと。
  • 「部活という”箱”に入ればなんとなくエスカレーターに乗って自動的に目標へ連れて行ってくれる」という受け身の姿勢ではなく、「一人ひとりの行動の集積が、部の形を作る」ということを全員が理解すること。魚の大群のように、個々の泳ぎ次第で大きくも小さくも、速くも遅くもなるし、バラバラになることも簡単。全部の魚が同じベクトルで俊敏に泳げば、大敵にも負けない強い集団になる。

この辺りについては、恐らくアカデミアの世界で研究成果が豊富にあるものと思われ、僕もそうした理論や事例から学び、活かしていきたいところです。
将棋の藤井聡太さんのおかげで近年知られるようになった「モンテッソーリ教育」などのように、幼少期の過ごし方がやはり一番重要なのかもしれません。
ただしそんな恵まれた英才教育を受けていなくとも、心掛け次第では高校生・大学生からでも自主性を育むことが出来る。そうしたことをスポーツ活動を通じて証明出来たら良いのではないかと思うのです。

今大会をさらに拡大し、一段と成長を

一方、今回の部内対抗戦は初めての試みであり、改善出来る点はまだまだ沢山ありました。事前の先生やOB・OGへのご案内・協力要請、種目の並べ方・タイムテーブル、ライブ配信のスキルと準備、レースの”ショウ・アップ”の仕方、等々です。
これらは現役諸君も既に分かっていることなので、次回以降はよりクオリティの高い大会となることでしょう。

また、ちょうど僕が現役だった頃(今から25年以上前)は、若手OBや高校チームもわりと人数がいて元気だったので、「オール慶應」と題して三部対抗戦を行っていました。
今回はOBの年齢層が高く、また高校は現在3名しか部員がいないので、すぐに三部戦というわけにはいかないでしょうが、いずれそのような形態が取れたら、さらに”チャリ部ファミリー”感が出て来ることでしょう。

塾体育会各部や他大学では、以下のような試合や取り組みが学生主体で企画・運営されています。体育会関係者にはよく知られたものも多いと思いますが、むしろ当部関係者があまり認識していないかもしれないので、例示しておきます。

  • 端艇部による観客数日本随一のボート競技「早慶レガッタ」の運営・資金調達
  • バレーボール部による幼稚舎~大学~社会人が一同に会し楽しむ「三田バレーボール祭」(このような縦のつながり系イベントを開催している部は多いと思います)
  • 庭球部によるプロテニス国際大会「慶應チャレンジャー」
  • 柔道部による高校生対象(入学・入部促進)の「慶應杯争奪柔道大会」「合同稽古」
  • 下田地区(日吉駅の反対側)を拠点とする体育会5部による地域交流イベント「桜スポーツフェスタ」
  • 鹿屋体育大学(鹿児島県)自転車競技部のスポンサー募集・維持活動、地域貢献活動

僕がちょっと思い出すだけでもこれくらいありますから、体育会各部や世の中の様々な大学運動部で、もっと多彩な取り組みが行われているだろうと思います。
こうした事例を参考に、我々も対象範囲・参加人数・運営予算等の面でもっともっと大きなイベントにチャレンジしてみたらどうかと思います。
上記例以外でも、海外大学や選手との交流戦(コロナが収束したら、ですが)や、子供向け自転車安全教室といったアイデアもあり得るでしょう。

またこうした取り組みには、OB・OGの参画・支援も欠かせません。その点で当部の先輩団体はまだまだ「主な顔ぶれが変わらない」「20~30代の関与度が薄い」といった典型的問題を抱えたままです。現役部員の成長に伴って、先輩団体も視点を上げていきたいものです。

1902年(明治35年)に創立された当部は、「国内で現存する最古の自転車競技チーム」として、日本自転車競技界の発展に貢献する使命があります。当部の現役諸君や先輩諸氏の自主性・自発性がいかんなく発揮され、その使命に応えていければと考えています。

f:id:UsamiCycle:20201213002913j:plain

閉会式後の現役・OB/OG 集合写真

(2020/12/12)