総監督ノート

~学生自転車競技のコーチングメモ~

インカレ(代替大会)ロード ~ 冷雨に完敗

10月17日(土)、群馬県みなかみ町群馬サイクルスポーツセンター6kmサーキットにて、全日本大学自転車競技大会(ロード競技)が開催されました。
前週のトラック競技と同様、ロードについても新型コロナの影響で今年は選手数と距離が縮小されました。男子の場合、2019年大会では出走170名、距離174kmと、国際標準に則した規模で行われましたが、今年は出走121名(オープン参加のJCF強化選手5名を含む)、距離102km(6km×17周)で争われることとなりました。

前夜から降り始めた雨と冷たい空気が、当日朝の会場を包んでいました。男子レースが行われていた11:30~14:00頃のみなかみ町の気温は9.8~10.3℃(気象庁アメダス)、群馬CSCは標高が町の観測点からさらに250mほど高いので、上記からさらに1.5℃(100m当り0.6℃として)ほど低い気温だったと思われます。そうした今年一番の寒さと雨の中、朝の女子レースに続いて男子レースがスタートしていきました。
今回は、前回のトラックまとめに続いて、このロードレースの振り返りです。

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当校選手を先頭に 冷たい雨の中 102kmの火蓋が切られる

<目次>
● 当校の目標:完走者を何人出せるか
● 実際のレース展開:JCF強化チームと冷雨がレースを決めた
● 当校の評価と課題
● ぎりぎりまで悩んだ選手起用
● 今季残りの期間に向けて

当校の目標:完走者を何人出せるか

2020シーズン当初に設定した当部の目標のうち、ロードレースに関しては「インカレロードで完走者を輩出する」というものでした。

何だよ、優勝とか入賞とかじゃなくて完走かよ。

という声も聞こえて来そうですが、現実としては、当校男子からは2013年のインカレロードで1名の完走者(村上選手、35位)を出して以来7年間、残念ながら全員がDNF(Did Not Finish)のまま現在に至っています。

学生チームは選手が否応なしにどんどん入れ替わっていく中で、「先輩がこうだった」という影響は大きく、一度未完走の年が出来てしまうと、「ああ、インカレロードっていうのは完走出来なくても仕方ないもんなんだな」という安易な”常識”が部内に形成されてしまいます。
口では「来年こそ」などと言いつつ実際は最低限の練習量・質さえ保たれず、ずるずると”負け癖”が続いていく。今年はそこから何としても脱却したいと考えていました。

今季は附属校から進学して来た競技経験者の1年生2名が着実に力を付けてロード練習を引っ張り、それに刺激されるように、上級生からはコロナ下ながらeレースなどで地道に努力し頭角を現す部員も出て来ました。
毎日の練習模様を見守っている限り、昨年に比べ練習密度がかなり濃いものになっており、9月上旬の全日本学生個人ロード大会でもそれなりの手応えをつかんでいました。
また、今大会の1校当りの出走可能数が通常8名から減少(→昨年度上位8校は6名、その他は5名)したことや、距離が短縮となったことも、当校にとってはプラスと考えられました。

こうした状況から、大会前の部員諸君や僕自身も、完走者を出すなどとはもはや当然で、出走5名のうち出来るだけ多くの選手が完走すること、何人完走出来るか、という目線に上方修正して臨んでいました。

実際のレース展開:JCF強化チームと冷雨がレースを決めた

群馬6kmサーキットのコースレイアウト(それほど登りがキツくなく流れるコース)、102kmという(短い)距離、JCF強化チームのオープン参加、といった諸条件から、当日のレースは前半から動きの多い高速レースになることを予想していました。
さらに気温1ケタの雨天というコンディションが、逃げの可能性を高めるとも思われました。

当校としては、そのパワーと持久力を要する展開にどこまで食い付けるか、各自が精一杯力を出し切ることに集中しました。チームの作戦がどうこうなどという段階では、まだありません。
そして実際のレース展開は、要約すると以下のようなものでした。

  • 1周目から、日大・京産・鹿屋・明治・早稲田などの有力選手10名の逃げがいきなり出来る。メイン集団との差はその後最大で1分。前待ちか。
  • 6周目頃からJCF強化チームを中心に追走開始、約2周ほどかけて先頭集団を吸収しレースは振り出しに。このペースアップの過程で、低体温症ともあいまって当校を含む多くの選手が続々とメイン集団から脱落しリタイア。集団は40~50名に。ここまでで残った当校選手は1名(経1・川野)のみ。
  • 川野から「お湯!」という補給要請があり、飲める温度の湯を入れたボトルを次周に渡す(温かい補給を準備することは国内レースではほとんどないが、今回は必要であった)。すぐに脚などにかけて温めている様子が見えたが、その周に戻って来た集団に川野の姿はなく、かなり経ってから脚を止めて身体のコントロールの効かない状態で下って来る。ここで当校は全員終了。濡れたウエアの着替え、暖房を入れた車内での休息などで、低体温症の選手も徐々に回復。
  • レースは後半に入り同志社・早稲田・JCFの3人の逃げが形成、やがて早稲田が脱落。ラスト2周のホームで中央大1名がメイン集団から満を持したアタックで先頭2名を単独追走。20秒程度だった(と思う)差を1周で埋め追い付く。
  • 最終ゴールはJCF留目選手(八王子桑志高3年)と尾形選手(中央大4年)の一騎打ち。死力を尽くしてのスプリントを留目選手が制する。

レース全体としては、後半に逃げを決めたJCF・留目選手、同志社・天野選手、早稲田・山田選手という若手(高3~大1)の積極的な走りや、中央大・尾形選手の気迫のこもった追走が特に印象的でした。

女子レースでも、駒沢大学高校の渡部選手が大学生を置き去りにして独走優勝したことで、インカレ(代替大会)という大学最高峰のロードレースは男女ともオープン参加の高校生に優勝をさらわれるという、ある種不名誉な事態となってしまいました。

「大学生はだらしないな」「学連の存在意義は」と短絡的に批判するのは簡単ですが、しかしこの問題は、自転車競技でプロとなるための道筋、プロになることの意義とセカンドキャリア、強い高校生は大学に来るべきか、といった論点を丁寧に議論しなくてはならないでしょう。

ただしその上で、今年のコロナ下においても目標を見失わず可能な限りやれることをやっていたか、あるいは大学当局の自粛方針やオンライン授業の忙しさを言い訳にしてなんとなく練習をおろそかにしていなかったか、といったことを、大学生選手はしっかり振り返るべきと思います。

当校の評価と課題

当校の結果に関しては、結局今年も完走者を一人も出すことが出来なかった、というリザルトとなり非常に悔しいものとなりました。もっとも、序盤で全員がメイン集団から消えてしまった昨年などに比べれば、コースの違い(昨年は長野県・大町美麻地区=群馬CSCより登りがキツい)を差し引いても、大きく進化してはいると考えています。

各選手が、寒さに起因して身体が動かなくなり切れたのか、あるいはどのみち集団のペースアップには耐えられなかったのか、実際のところは正直分かりません。出走121名中完走25名(完走率21%)という結果からは、当校に限らず悪条件の影響が相応にあったとは言えるでしょう。

寒さへの対策として、当校選手はオイルやワセリンも使っていましたが、全身に厚く塗りたくるほどでない限り、今回の天候には十分ではなかったでしょう。ウエアのレイヤードをもっと厚くすれば良かったのかもしれませんが、それよりはむしろ、透明の(ゼッケンやジャージが見える)レインウエアや防水性のあるレッグウォーマー等の着用が効果的だったと思います。

ただしそれらも結果論であって、そもそも会場に着いた朝の時点では、残念ながらこのような結果をほとんど想定は出来ませんでしたし、そんな準備もありませんでした。
これは監督である僕の経験不足でもあり、選手達には申し訳なかったと思っています。国内でこのようなコンディションのレースがどれほどあるかは分かりませんが、今後の糧にしたいと思います。

ただし、現に同様の準備で25名が完走していることも事実で、メンバーを見るとJCF強化チームをはじめ有力選手はほぼ含まれています。

彼らとの違いは何か。

人生を懸けて自転車に乗っている以上寒さなどに負けてはいられない、という自覚とモチベーション。
人間という”動物”としての基礎的タフネス (サバイバル能力とでも言いましょうか)の強さ。
そして今季コロナ下でもきちんと乗り込んでいたことによる持久力と自信。

安易な”根性論”を振りかざすつもりは決してありませんが、勝つため、生き残るために必要な何かが我々にはまだ欠けていた、のかもしれません。

レース後に、体温の回復した選手から一人ずつ振り返りを聞きました。まだその時点ではうまく整理出来ていない選手も多かったかと思いますが、例えば当校のエースにしても、今季前半のオンライン授業に忙殺されて練習不十分であったことは自身でも認識していたようです。8月以降急速に仕上げて来て、やれる中では十二分に努力してくれたと思いますが、それではまだインカレロードの舞台には足りなかったということでしょう。

しかし、トラック競技と同様、当校のロードメンバーはまだまだ若く、将来性は十分あると思っています。また今回5名の枠に入れなかった部員にも来年以降チャンスは十分にあります。
今回完走した25名の中で、メイン集団の頭を取って6位入賞した筑波大の選手がいました。特別選抜ではない一般学生選手として誠にあっぱれであり、当校部員にもそれが出来ないことはありません。いやむしろ、そうした学校に負けてはいけない、と思っています。
今回の経験を経てさらなる努力と成長をした当校の選手が、来年はそうしたポジションで輝いてくれることを期待しています。

ぎりぎりまで悩んだ選手起用

実は今回、レース直前まで出走する5名をどうするかについては非常に悩みました。将来の指導スタッフに向けて参考になる話かと思うので、あえて書き残しておきましょう。

どのような経緯かというと:

  • 9月上旬の全日本学生個人ロードの結果を受け、正選手5名+補欠2名は比較的スムーズに決まった。
  • ところが、9月度の練習距離を集計した10月頭に、正選手のうちの1名(3年生)がわずか700km/月しか乗っていないことが判明。当該選手は9月の個人ロード・個人トラック大会を通じて、有酸素能力にまだまだ課題ありとされていただけに、サプライズ。
  • 一方、補欠としていた新鋭部員(1年生)がめきめきと実力向上、ロード練習でもエース級と伍して登るほどに成長。個人ロードでも学連初出場ながら一発でクラス2に昇格し将来性を期待されていた。
  • ただし当該1年生はまだ集団レースの経験乏しく、下りも不得手。対する3年生はその辺の技術は高い(群馬のコースには必要な要素)。
  • 当該3年生は知識は豊富で弁も立ち、部内ではリーダー格の一人として認知されている。

コーチング実践のケーススタディとしては、なかなか良い問題ではないでしょうか?
こうした局面で、指導者はチームの総合成績という唯一の目標のためだけに、いかにノイズを排除し、いかに最も確からしい選択を出来るかが問われます。

今回の場合、僕は対象となっている2名の選手とそれぞれ十分に対話することに加え、主要な数名の部員にも参考意見を聞くこと、また当該3年生にはインカレトラックで出場する中距離2種目の走りを見て最終判断すると告げたこと、などのアクションを取りました。
実際にはトラック競技の内容も十分満足いくものとは言えず、なお微妙な情勢でしたが、最終的には9月時点の判断に立ち戻って、当初通り3年生を出走させることとし、部員諸君にも説明して納得は得られたと思います。
1年生にも関わらずチーム全体のことを考えて意見を述べてくれた新鋭選手も立派だったと思います。

結果として、その3年生は前半のペースアップ時にリタイアしたうちの一人となってしまいました。では違う選手を出したらどうだったか、などのタラレバを議論することにあまり意味はないでしょう。

今回僕が重要視したことは、僕の判断基準を部内にはっきりと示すことでした。
「監督は試合前月の練習量が700kmの選手でもすんなりインカレロードに出場させるんだ」などという前例を作ってはいけないと強く思ったからです。

今の学生達は、「表面的な和を重んじる」傾向が強く、例えば上級生部員が少々練習をしていなくともそれに公に異論を唱えることはあまりしないものです。今回ももし僕が何も言い出さなければ、そのまま波風立たずレース当日を迎えたことでしょう。
しかしチームとして議論しなければならないポイントがボランティア監督でさえ見えている(=部員達は明らかに認識している)以上、それに目をそらすことなく、波紋が広がることを承知の上で一石を投じること。それが社会人コーチとしてすべきことだと考えているのです。

その意味で、前々回 に書いた選手選考における「最終決定権を監督が持つこと」の意義が、今回(望ましいかどうかは別として)ワークしたとは思っています。
部員達と年齢の近い若手コーチは特に、こうした波紋を投げ掛けることに躊躇する場合もあるかもしれません。しかしそこで少々の勇気を持って臨めるかどうかが、単なる”仲良しのOB”と”信頼出来るコーチ”との分岐点になるのではないでしょうか。

今季残りの期間に向けて

今年はインカレ(代替大会)が例年より2ヶ月遅れとなり、通常であればもうオフシーズン目前というところです。
今季は各種大会の一部がギュッと秋季に集約されたこともあり、学連の主要レースとしてはまだ11月中旬に全日本学生個人ロードタイムトライアル大会が残っています。
残念ながら東京六大学戦や早慶戦が諸般の状況から中止となってしまいましたが、選手諸君は短くなった今季を最後まで”満喫”して欲しいと思っています。

ラバネロの高村さんが常々言われている、「日本の大学生・高校生は、インカレやインターハイが終わると練習を休んでしまう。そんな余裕はないはずなのに、もったいない。」というご意見は、僕も全く同感です。
特に当校は完全にチャレンジャーの立場であり、今回のインカレを通じてもそれを痛いほど再認識したわけですから、競合他校が緩んでいる時こそ差を詰めるチャンスです。
少々の心身リフレッシュをした後は、ロードTTなどに向けてすぐにまた練習再開して欲しいと思います。

10月からの秋学期は、オンライン授業を引き続きメインとしながらも、一部リアル講義を交えていくそうです。「文武両道」はコロナ以前から当部ひいては本塾体育会の基本理念であるとは言え、学業負荷の高い状況が続くでしょう。
こうした環境下で部員諸君にはぜひ自己マネジメント力を磨いてもらい、社会に出た後で「俺達はコロナのおかげで成長出来た」と言えるような、そんなアスリートになって欲しいと願っています。

(2020/10/22)